茨城県城里町のウィンザーパークゴルフ&カントリー倶楽部でゴルフをした、平日、この日は昼過ぎから雨になる予想、キャンセルしようか迷ったが、朝8時過ぎの早めのスタートを予約していたため、大丈夫だろうと思い、行くことにした

 

 

天気は曇り、最高気温は20度くらい、半袖でプレーできた、結果的に雨には降られずに済んだ、読みが当たってラッキーだった、コースを後にして20分くらい車で走った時に雨が降り出し、気温も急激に下がってきた

 

 

このコースは7112ヤードあり、本格的なコース、ワングリーン、リモコンカードのラウンド、ティーショットが狭く感じるところはなく、グリーンスピードは9ftと出ていたが、それほど速くなかった

 

 

フェアウェイのアンジュレーションはそれほどきつくないけど、グリーン周りが砲台になっているホールも多く、大きなガードバンカーもあり、難しくなっている、グリーンはそれほどアンジュレーションはない

 

 

この日のラウンドではグリーンやフェアウェイに小さな虫がいっぱいいた、帰宅してから調べてみると、これはコガネムシ科の「アオドウガネ」という害虫で広葉樹の歯などを食べ、幼虫は「根切り虫」とも呼ばれ、植物の根を食べるため園芸害虫として知られているという、芝の根を食べるとしたら大問題でだが、コース側は対応しているでしょう

 

 

この日の進行はハーフで2時間20分くらい、前の組の4人のプレーが遅く、ほとんど毎ホール待たされた、シニア4人組なのにプレーが遅い、ある程度の年齢になってからゴルフを始めた人なのでしょう、彼らの前の組が遅いわけではなく、後ろから見ていても明らかにスロープレーだった、むかしは年寄ほどきびきびしたプレーをしていたんだけどね、最近のシニアはマナーが悪いよ、他山の石としたい

 

 

雨に降られずにラッキーでした

彬子女王著「日本文化、寄り道の旅」を読んだ、彬子女王はこれまでも本を書かれているが、読んだのは初めて

 

昭和天皇は四人兄弟で、その四男の三笠宮殿下の子供がヒゲの殿下の寛仁殿下、その第一女王が彬子女王である、今上天皇の再従妹(はとこ)にあたる

 

 

彬子女王は学習院大学在学中に1年、卒業後に5年、計6年にわたり英国オックスフォード大学マートン・カレッジに留学され、在外の日本美術コレクションの調査・研究に当たられた、博士課程の5年間は大英博物館にボランティアで勤務された

 

本書は彬子女王がいくつかの教育機関で今まで行ってきた講義の内容をまとめたもの、彬子女王は大学を卒業してから日本美術を研究対象とされ、日本文化を未来に伝える活動をされている

 

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本書を読んで、なるほどと感心したところを引用し、コメントがあれば書いた

  • 大英博物館に来る日本の美術関係者は「文化財は守っていかなければならない、伝統文化は続けていかなければならない」というが、彬子女王が行きついた結論は、「伝統文化は残すものではなく、残るもの」であるという思い
    右矢印コメント:その通りでしょう、廃れてなくなる文化もあるでしょう
  • 英国に留学して思ったことは、英国人がよく自国の歴史や文化について知っているということでした、むこうではいくら理系であっても、シェイクスピアの話になるときちんと話ができる人たちがたくさんいます
    右矢印コメント:彬子女王がお付き合いした人たちはそうかもしれないが、普通の人はそうでもないのは我が国と同じではないか
  • 自分が[日本人である]ということも留学して初めて実感しました
    右矢印コメント:そして、日本が世界でも一番いい国だと思うものでしょう
  • 大英博物館の日本美術のコレクションの核となるものがアンダーソン・コレクションであるが、これにはかなりの数の贋作が含まれている
  • 本物の絵師の調子が悪い日の作品より、偽物の絵師の調子のよい日の作品が、作品としては優れている、偽物でもよい作品があるのは事実、偽物であろうが本物であろうが、観る人の心を動かす力を持っている作品であれば、それで十分だ、どうしてそんなに作者の名前を気にするのか、とは伊藤若冲を有名にしたコレクターの言
    右矢印コメント:これには考えさせられる、日本人は権威に弱い、有名な画家の絵の展覧会というだけで人が押し寄せる、絵画だけでなく、朝日新聞や東大教授、国連というだけで信用してしまう、自分の頭で考え、自分の眼力で観て、その適否や良否を判断する姿勢を保持したい
  • 明治時代に来日した外国人たちは、今まで西洋において「未知の国」であった日本の情報を少しでも多く自国に持ち帰ることを期待されていた、しかし、オリジナルの作品を日本から持ち去ることはできないので[うつし(模写)]を作らせ、自国に持ち帰りました、結果として、その「うつし」の作品たちが多く海を渡り、西洋の美術館で展示され、日本美術史を海外に紹介する役目を果たすようになった
    右矢印コメント:模写も立派な芸術になりうるという考えはあまり持っていなかったけど、確かにそれも一つの見方でしょう
  • アンダーソンが日本絵画の蒐集を行っていた明治初期、日本には「日本美術」という概念はきちんと固まったものとしてなかった、「美術」という概念がなかった
  • よく、明治時代には日本美術がたくさん海外に流出してしまったという人がいるが、そうではなく、当時、日本人が顧みていなかった日本美術に関心を持ち、略奪などではない正当な手段で、日本美術を愛していた人たちによって持ち出され、日本美術を愛した人たちによって保管されたからこそ、関東大震災亜や太平洋戦争の惨禍を免れ、我々は今その姿を見ることができる
  • 石橋をたたいても渡らない私の性格が変わったのはオックスフォード留学による、とにかく何かというと主張する癖がついた
    右矢印コメント:藤原正彦氏によれば「アメリカ人の数学者は自分の仕事についてこういう点が素晴らしいとはっきり主張しますが、イギリス人は謙遜するんです、その点、日本人と似ています、イギリス人は自分の業績を大きく言うことをはしたないと思い、アメリカ人はフランクで良いという」(「日本人の矜持(新潮文庫)」)、同じ英国暮らしを経験したお二人の対照的な見方が興味深い
  • かつて日本の神社や寺は、多くの文化人が集い、様々な文化の発信拠点であった場所でした
  • 英国で長い間生活してみると、ヨーロッパの絵画で春をテーマにしたものが多いわけが納得できる、寒くて長い冬のためだ
  • その季節の変化を色濃く反映している日本文化の一つが和菓子だが、海外の方に和菓子の魅力を伝えるのは難しい、桜の花や花びらをかたどったものにすればわかりやすいが、日本人にとってはそれが野暮になるから
  • 自然崇拝が神社の始まり、神道の始まりが日本の風土や生活習慣に根差した観念であるため教祖も教義もない、仏教やキリスト教など様々な外来宗教を受け入れ、宗教戦争を起こすこともなく共存してきた
    右矢印コメント:現在でも世界で戦争を起こしているのは一神教の国々や全体主義国家だ、日本は多神教国家であり、自然を神と崇める寛容と優しさを持った民族である
  • 時間や曜日という枠組みが現代にありますが、これは明治時代に西洋から入ってきたもの、江戸時代の日本人にはお休みは有りませんでした
    右矢印なるほど、これは知りませんでした
  • 自然を畏れる気持ちがあれば、原発の汚染水を海に流すなんて言う発想は出てこない筈です
    右矢印コメント:これは間違った認識である、日本は汚染水の海洋放出はしていない
  • 神道とは今ここに生かされていることを神様に感謝することです、とはある神職の方の言、この言葉を聞いて私は積年の胸のつかえがすっと降りたような気持がしました、神道は何かの見返りを求めて信仰をしているわけではありません、豊穣の恵みをもたらしてくださったことを神様に感謝します
    右矢印コメント:神社に行ったら神様に商売繁盛や安産、家内安全などのお願いばかりするのではなく、まずは感謝の気持ちを伝えなければいけない、と言うことは水野敬也氏も言っていることだ(「夢をかなえるゾウ」)
  • 遷宮も神様に何かをしてほしいからするのではない、ご遷宮は原点回帰でもある、人間というのは慣れてしまう生き物、そこに何かがあることを当たり前に思い、誰かが何かをしてくれることをいつしか当たり前に思ってしまうようになります、これに慣れてしまうと人間はどんどん怠惰になってしまいます
  • 日本では食事の前に「いただきます」といいますが、これは、その食事に関わった多くの生き物や人への様々な感謝の思いが込められているのです
    右矢印コメント:学校に、給食代を払っているのだから子供が「いただきます」という必要はない、と言ってきた親がいたとの話を聞いたことがあるが、それがいかに無知で馬鹿げた考えかわかる
  • 感謝の心は人の気持ちを豊かにします
    右矢印コメント:不平不満を言うより感謝の気持ちを持つようにしたいものだ
  • 維新後の皇族の洋装化に反対したのはお雇い式武官のモールやお雇い外国人医師のベルツであったが伊藤伯は聞き入れなかった
  • ベルツは「現代の日本人は自分自身の過去については、もう何も知りたくはないのです、それどころか、教養ある人たちはそれを恥じてさえいます、自己の古い文化の真に合理的なものよりも、どんなに不合理でも新しい制度をほめてもらう方が、はるかに大きな関心事なのです」と日本人が自国文化をあまりに軽視することを何よりも危ぶんだ
    右矢印コメント:日本人は常に新しいものにすぐに飛びつき、過去を否定する傾向がある、維新の時は江戸時代を否定し、戦後は戦前を否定した、これは良い面もあるが悪い面の方が多いでしょう、自国の歴史に誇りを持てない人は諸外国からは尊敬されないでしょう、日本では文系知識人ほど自国の歴史を悪く言うが、これはダメ社員ほど居酒屋で飲みながら会社や上司の批判するのと同じで、実は自身の無能さをさらけ出していることに気づいていない人たちでなのである
  • 旧態依然とした宮中制度の中で、日本女性の未来を想われ、女性の洋装化を自ら推し進められた昭憲皇太后の先見の明とご尽力があったことを忘れてはならない
  • 1802年(享和2)当時には、煎茶が茶の湯に取って代わっている、それは、茶の湯が余りに権威的になり、道具の価値ばかりを語り、利休の時代のような風流を失っていたため
  • 武家のたしなみとして存在していた茶の湯と異なり、煎茶は市井の文化人たちに広く愛された
  • 煎茶の隆盛と廃藩置県による大名家の解体により、今まで茶の湯のパトロンであった大名たちがコレクションを手放さざるを得なかったため、市場に大量に出回り、陶器の値段が安価になったが、これに興味を持ったのが外国人だった、茶の湯に使われる陶磁器を蒐集した、彼らのコレクションは日本国内の陶磁器市場の傾向と逆行し、茶の湯の器中心のコレクションになった
    右矢印陶器と磁器の違いも知らなかった、茶の湯は陶器を煎茶は磁器を使うなども全く知らなかった
  • フランスでは以前、日本の陶磁器コレクションは有田や柿右衛門の輸出磁器が中心だった、これらの磁器は国内用でなく輸出用に作られたヨーロッパで好まれる大型で装飾の凝ったものだった
  • 三笠宮殿下は、シナ事変派遣参謀として中国に赴任された際に、現地の様子を目のあたりにされ、軍部には中国人に対する謙虚さが欠けていることを指摘し、その侵略主義に反省を求める文書を書いた
    右矢印コメント:軍部の無能さや問題点は多くあった、それをいくら批判しても良いと思うが、それは戦争の一面でしかなく、「日本は侵略国家である」などと決めつける考えには同意できない
  • 戦後に受けられたインタビューの中で、日本人は他国の民族性や風俗習慣を正しく理解し、平和共存に向かって最大の努力をしなければならないと述べておられます
  • 日本の世論が「反戦・平和」であることを、同盟国であるアメリカにはっきりと知らしめることができれば、戦争を回避することができるのではないかとも考えておられたようです
    右矢印コメント:そんなことをしても相手にされなかったでしょう、アメリカは一度自分たちの敵だと決めると、その相手にどういうことをするか、今のアメリカの行動を見てればわかるでしょう

彬子女王が6年間留学していたオックスフォードには私も一昨年、旅行で行ったので親しみをもって読むことができました

久しぶりにボロネーゼを食べてみたくなって自宅で作ってみた、ボロネーゼに挑戦するのは二度目、時間がかかるのが難点だが、あまり間隔をあけずに作るようにしないとコツを忘れてしまう

 

材料(2人分)

豚ひき肉170g、セロリ5㎝、ニンジン5㎝、小さめの玉ねぎ2個、長めの茄子1本

 

きのこきのこきのこきのこきのこ

 

セロリ、ニンジン、玉ねぎのみじん切りを作る

 

フライパンにオリーブオイル大1を入れ、みじん切りにした野菜を炒める、味の素・胡椒を少々

 

できたものは別にしておく

 

ひき肉をボールに入れ、生姜チューブとニンニクチューブをそれぞれ3㎝くらい入れ、胡椒を適当に入れ、こねる、フライパンでオリーブオイル大0.5を入れ、こねた豚肉を二つに分けてハンバーグのようにフライパンに乗せて中火で3分焼く

 

3分たってひっくり返し、さらに3分焼き、焼き色を付ける

 

茄子を切ったものを入れて、肉と一緒にかき混ぜて焼く

 

先ほどの炒めた野菜を入れる

 

全体を混ぜながら炒める

 

ワイン100㏄と水100㏄入れる

 

かき混ぜて、ワインのアルコール分をとばす

 

ホールトマト缶を開けて入れる

 

これを熱しながら混ぜ、トマトの酸味をとばす

 

フタをして10分中弱火で煮詰める、適宜フタを取ってかき混ぜ、味見もする

 

ここに茹でたスパゲッティーの麺を入れる

 

麺とソースを混ぜる、適宜ゆで汁を加えて、ソースが麺に滑らかに絡むようにする、味見をしてOK、ワインもトマトも匂いはせず、うまみや甘みを感じる

 

盛り付け

 

食べてみると、まずまずの出来栄え、塩を使っていないので若干インパクトに欠けるが、十分美味しかった

神保町シアターで映画を観た日、映画の後で近くのお気に入りの喫茶店「Folio」に行ってみた、神田すずらん通りの三省堂の並び、ここは冨山房ビルの地下にある冨山房が経営している喫茶店、なぜかいつも混んでいない、採算的には問題でしょうが、利用したいときに利用できるのがうれしい

 

 

神保町に来た時、以前は三省堂の向かいの御茶ノ水駅に向かう通り沿いの2階にある古瀬戸珈琲を利用していた、池波正太郎も贔屓の店で、店の雰囲気が素晴らしいので気にいっていたが、喫煙OKなので、それがイヤで最近はFolioの方を使っている

 

この店の店名の由来などは前回訪問した時の投稿を参照されたい

 

ここFolioも古瀬戸珈琲にひけを取らないくらい素晴らしいカフェである、中は広く、座席もゆったりとしており、たいへん落ち着いた雰囲気が漂っている、地下だけど室内は明るく、本を読んでゆっくりできるのが良い、さすがに出版社運営のカフェだ、本を読む人にやさしい

 

 

この日は「本日の珈琲600円」と出ていたもの、何か忘れたけど、を注文した、注文を受けてから豆を挽いて抽出しているようで、おいしかった

 

 

珈琲カップはニッコーNikkoのダブルフェニックス・シリーズの洒落たものだった、ニッコーのwebサイトで値段をみたら一対で11,000円だったのには驚いた、「手が震えるぜ」

 

 

ゆっくりと過ごせました

自宅で回鍋肉を作ってみた、初挑戦、先日、台東区稲荷町の福来軒に行って食べたばかりだから味のイメージはできていた

 

今回、参考にしたのはネットで検索して出てきたいくつかのレシピとYouTube【家庭でお店の味】野菜がシャキシャキの絶品回鍋肉【中国料理美虎・五十嵐美幸】#クラシル #シェフのレシピ帖だ

 

材料(二人分)

豚こま切れ肉240g、キャベツ4分の1、ピーマン2つ、赤パプリカ1つ、長葱1本

 

調味料

甜面醤大1、醤油大半分、豆板醤大半分、お酢大半分、鶏がらスープ30mlおろしニンニク・生姜3センチ(砂糖は使わない)

 

四角グリーン四角グリーン四角グリーン四角グリーン四角グリーン

 

フライパンのごま油大1を入れ、肉と刻んだネギを入れて炒める、出来上がったものはバットに入れる

 

同じフライパンにニンニク・生生姜チューブ3㎝ずつと豆板醤大半分を入れて、炒める

 

そこに鶏ガラスープに甜面醤、お酢、醤油を入れて混ぜた合わせ調味料を加えて、かき混ぜて、沸騰させる

 

そこに避難させていた肉と長葱を入れて、合わせ調味料と絡ませる

 

そこに大きめに切ったキャベツとピーマン、赤パブリカを入れる

 

これを炒めながら混ぜる

 

味見して若干辛さが少なかったので豆板醤を少し加えて、炒めて完成

 

食べてみると味は初めてにしてはけっこう美味しかった、店で食べたような味がした

 

次回、肉は今回のようなこま切れ肉ではなく、焼肉のような感じの厚みと幅のあるものを使うのが良いと思った

 

お疲れ様でした

今年に入ってから食べに行ったラーメン店からいくつか紹介したい

 

最初は冬場に行った飯田橋駅近くの「中華そば髙橋」、何度か行ったことがある店、カウンター数席だけの狭い店、店主のワンオペ

 

 

店内に入ると店主から座る席を指示されるので、そこに腰かけ、この日は雲吞麺を注文する、やはりこの店は寒い時に来てあったかい雲吞麺を食べたい

 

 

目の前で店主が料理するところを見ながら待つ、提供された雲吞麺はボリュームたっぷり、雲吞を食べると独特の風味がある、どうすればこういう味になるのかわからない、何かが入っているのでしょう

 

 

ここは店主の趣味か、いつもロカビリー音楽が流れている、店主は不愛想だが味は確かだと思っている

 

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次に、地元の「天下一品」、この店は初めて入る店、白湯スープが売り物の京都銀閣寺周辺発祥の店、今年京都旅行に行ったとき、この店が京都発祥と初めて知った、他にもわれわれが行った京都一条寺発祥の「魁力屋(かいりきや)」もよく見かけて私の地元にあるが、こちらは何回か行ったことがある

 

 

白湯スープは食わず嫌いなところがあり、今まで手を出してこなかった、この日はどういうわけか、新しいものに挑戦しようと思って来てみた

 

カウンター席に座ると注文はタブレット、一番基本のラーメンを頼む

 

 

しばし待って出てきたラーメンは、思ったより小さいラーメンどんぶりに入っていた、早速食べると、スープは濃厚で、白い色というより茶色っぽい色、味はおいしい、麺は細麺でドロドロのスープとよく絡み美味しかった、また、大きなチャーシューは柔らかくておいしかった、ただ、量が少なめなのが不満だった

 

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最後は、池袋東口にある「桂花ラーメン」、この店は何回か入ったことがある、生のキャベツがラーメンに乗っかっているのが印象に残る

 

このチェーン店は熊本発祥、昭和30年創業というから、老舗ラーメン店だ

 

 

いつもは一番オーソドックスな桂花拉麺を食べていたので、この日は「太肉麺(TA-RO RA-MEN)」を選んだ、1,200円くらいしたか

 

太肉(ターロー)とは豚バラ肉の角煮のこと、これがラーメンに2つ乗っている、食べてみるとこれが実に柔らかく、ラーメンによく合っている、そして、生のキャベツがなぜかここのラーメンの味にマッチする

 

 

スープは白湯でない茶色っぽい色をしたものだが、鶏がらの白湯に何かを加えているのであろうか、おいしかった

 

東池袋のこの辺りはラーメン屋が多い、この日は12時ころから映画を観たかったので12時くらいに行ったけど、11時開店のいくつかの店には行列ができていた

ゴルフの帰り、いつもの通りどこかに寄ろうと思い、栃木県真岡市のカフェ「きりんカフェ」に行ってみた、初訪問、真岡駅などの中心地からはかなり離れた場所にある、カフェの屋根からキリンの長い首が飛び出ているのが目立つ

 

 

このカフェは同じ敷地内に小児科クリニックがあり、そちらのクリニックの前にはやはりきりんが立っている、子供を意識したオブジェとして作ったのでしょう

 

入口横にはレジ兼受付があり、そこでメニューを見て注文をする、冷たい飲み物を注文して、おやつにチョコチップの入ったクッキーをもらう

 

 

ドアを開けて内部に入ると、それほど広くない店内、こちらはテイクアウト中心のレストラン兼カフェのようだ、ランチや、軽食、小さいお子さんのメニューもある

 

ただ、座席は大きく、椅子もゆったりとしており、休憩するには最高の環境だ、外側の壁はすべてガラスであり外がよく見える、向かいには保育園もあるようで、小さい子供がいる家庭ではけっこう便利が良い場所かもしれない、駐車場も広いし

 

 

アイスコーヒーと焼き菓子を美味しく頂きた、コーヒーの量も多く、有難い

 

隣のクリニックのwebページを読むと、特徴の一つに「西真岡保育園、西真岡第二保育園、きりんcafeと協力し医療、育児、栄養と子どもに関する事は何でも総合的に相談できる場所を提供しています」とある、ずいぶん意欲的に子供のことに取り組んでいるなと思った、地域にとっては有難い存在でしょう

 

 

ゆっくりできました

一昨年11月から一時休業をしていた台東区小島の「うなぎ やしま」が今月初旬から再開したとのこと、都心に用事があった際、昼ご飯をここで食べたくなり、行ってみた

 

 

11時半過ぎに到着、中に入ると、以前とほとんど同じ雰囲気、入口左手の座敷に案内され、4人掛けテーブルに腰かける

 

鰻重は特上と上の2種類、上を注文する、4,800円、以前とほとんど変わらい値段は良心的だ

 

 

休業していたのは建て替えのためとのことだが、店の内部は以前とほとんど変わっていない気がする、東京駅八重洲口にある「はし本」も新しく建て替えをし、一度食べに行ったけど、こちらの方は以前とは違う接待用高級店のイメージになっていた

 

 

これは経営方針なので、どう改装しようが自由であるが、変わらない良さというものもあると思う、歌舞伎座がこの路線を採用しているのは伝統芸能を担っているので当然と言えば当然でしょうが、どちらの路線がより顧客から支持されるであろうか

 

 

さて、注文してから30分経過して鰻重が運ばれてきた、メニューによればこちらでは注文があってからうなぎを割いて焼くため時間がかかるとのこと、うなぎをさばいて、串に刺すところまでを、あるいは、下焼きまで仕込みで実施しておく店も多い、これも経営方針だからどの方法でも自由だが、「やしま」のやり方をしている店は少ない方でしょう

 

 

山椒をかけて食べてみると、実に美味しい、焼きと蒸しの併用の関東風の蒲焼だ、厚さも十分、タレも上品、肝吸いやお新香も美味しい、ご飯の炊き具合も量も良かった、おいしく頂けました

 

私が到着した時は半分くらいの座席が埋まっていたが、帰る頃は待っている組がいるくらい混雑してきた、やはりうまい店にはお客さんが押し寄せるのでしょう、満足しました、ご馳走様です

栃木県芳賀郡のロイヤルメドウGCでゴルフをした、平日、天気は晴れ、明け方まで雨が降っていた、風は微風、最高気温は22度くらいか、お気に入りのコースの一つ

 

 

このコースはワングリーン、コース改造を石川遼が監修、アメリカンスタイルのコースレイアウト、フルバックで7200ヤードあるから本格的コース、フェアウェイのデコボコが適度にある、池が絡むホースがいくつかある

 

 

コースはフラットで高低差がほとんどないのはかえって不満である、ただ、各ホールとも特徴があり、単調さは感じない

 

 

グリーンスピードが9.2ftとでていたが、特に前半は雨上がりだったせいか遅く感じた、また、エアーションによりグリーンに穴が空いていたので、これも遅く感じさせる要因になっていた

 

 

フェアウェイにも、特にインコースのグリーン手前の花道あたりに砂が多く巻かれていたので、アプローチが難しかった

 

 

ラウンドはナビ付リモコンカートだから楽だ、この日は8時過ぎのスタートで、進行は良かった、それほど混んでなかった

 

 

楽しめました

今年もつつじがきれいに咲き誇る季節になった、昨日(4月20日)、都心に出かけた際、根津神社のつつじを観に行った、昨年は4月25日に観に行っていた

 

根津駅から歩いて5分ちょっと、平日だけどけっこう人出が多い、満開には少し早いのか既に満開のピークが経過したのかがわからない、朝のニュースで舘林のつつじが丘公園のつつじが例年より1週間くらい早く満開になっていると報じていたので、根津神社のつつじも満開を過ぎているのかもしれない

 

 

根津神社のつつじは宝永3年、根津神社が千駄木の旧地より遷座する以前、ここが徳川六代将軍家宣の生まれた屋敷地であった時に植えられたものが起こりで、300年以上の歴史がある

 

 

境内に入ると斜面に沿ってつつじがびっしりと植えられており、咲き具合は7分咲きくらいであった、早咲きと遅咲きがあるので全部のつつじが一斉に満開になるのは来週くらいだろうが、この日の咲き具合でも十分楽しめた

 

 

斜面のつつじの中に通路があり、そこに入るには入場料を払う必要がある、看板を観ると咲き具合により金額が変動すると書いてある、この日は500円であった

 

 

満開の時期は入場するのに長い行列ができる場合もあるけど、この日は行列もわずかで直ぐに入れた

 

 

中に入るとつつじの咲いてあるところを一周できるようになっていたので、順路に従いゆっくりと咲き誇るつつじの花を見ながら、また、上からつつじを見下ろしながら歩いた

 

 

来ている人には中国人が目立った、若い女性やカップルが多く、熱心に写真を撮っていた

 

 

時間がない人は外から眺めているだけでも十分、この素晴らしい景観を楽しめる

 

楽しめました