速足な俺をリサが追いかけてくる。
「ちょっと!吉田!!!コラァ!止まんなさい!」
「何かね?」
「何かね?じゃないわよ!もらうってどういうことよ!」
「いやそのままの意味だが?リサさんを俺に惚れさせたら解決ではないかね?」
「あり得ないわ!!!それも死ぬ!!!」
リサの怒声である。
しかし方法があるわけでもない。
とにかく説得だ。
「いいかリサ。仮にそういう関係にならないとしてもだ。大人リサに必要なのは人を好きになる経験だよ。
それさえあれば結婚を自らすることを考える。俺がするのはその手助けさ。」
嘘が半分を占めていたが、真意も半分だ。
とにかくリサに人を好きになる経験、そしていつか素敵な結婚をするために今の縁談を断る気持ちが必要なのだ。
仮に…仮にそれが俺じゃなくてもだ。
まだ少女マンガのような恋愛にキャーキャー言う気持ちを持ってるんだろ、大人リサよ?
そんな漫画のような結婚で幸せな顔を見てやるさ。そして微笑んでやるさ。それがクールガイだろ?
「ま…まあ一理なくはないわね…。それに考える時間もないし。
いい?ターゲットは今病んでるわ。それこそ自ら命を経つほどにね。
共通の話題と趣味の話も理解してるし…仲良くはなれるかも…
すっごくイヤだけど…とにかく今回の結婚を断らせて!!!」
自分を騙せという不思議な依頼を受けた俺は足早に100均へ。
買ったものはカラフルな布だった。
「ちょっと吉田?」
俺はおもむろに服を脱ぐとその布を全身に装着した
「よ!吉田!!!?」
そして布を重ねてテープで全身に貼り付け顔まで覆う。
そしてレジ袋を頭にかぶった。
「吉田!!!アンタなにしてんの!!!」
「はい?勝負衣装ですが?」
「どう見ても変質者よ!!!何考えてんの!まさかその格好で行くわけ!!!?」
「勿論さ!」
俺はハンバーガー売りのピエロのような口調で言うと再び歩き出した。
「短い人生だったわ…」と呆然とするリサの手を引いて。
向かった先は当然屋敷の前。
寒い…。凍えそうだ…。
気温は2度。
着衣は100均の布のみ。
変質者が震えながら屋敷の前にいる。
見られるわけにいかないリサが小声で話しかけてくる。
「ちょっとアンタ正気!?狂ったんじゃないの?」
そんな時だった。
来た!!!
美女だ。
白い肌。栗毛色の髪。
上品な黒のコートが彼女の透き通るような白さを強調させていた。
門を出た彼女が歩き出す。
買い物でも行くのだろうか。
テクテクテク
門から10歩も歩かないうちに彼女の視界は見てはいけないものを捉えた。
全身にボロ雑巾のようなカラフルな布をまといビニール袋を頭からかぶった人型の何か。
彼女は一瞬ビクッとしてまた歩き出す。
歩幅は小さく、気づかれないように、足音を立てないように歩く
1歩、2歩…ソレに近づいていく。
顔がこわばっている。
通りの隅に鎮座するそれを避けるように反対の隅を歩き…
そして…祈るような表情でそこを通り過ぎようとしたその瞬間。
「ソコのアナタ!!!!!!!!!!!」
カラフルな物体が声を上げた。
リサはビクリと硬直しながらも聞こえないふり。
「アナタですよ!!!黒いコートのアナタ!!!!!」
白い肌をさらに真っ白にしたリサが硬直し
「ハ……ハイ?」
と言いながらギチギチと緊張しながら首をこちらに向けてくる。
「ん~ん。アナタ~。よくないですね~」
「…は…な…なにが…なにがでしょうか………」
相変わらず遠い距離をズンズンと詰める。
たじろいだ大人リサは少しづつ後退しながら壁にぶつかる。
ズイッと近づく布男。
「アナタ~。無理してますね~?悩んでいますね~?
そして…
よくないこと考えていますね」
リサがギョッとする。
緊張が驚きに変わった。
突然現れた不審なものが自分の心を見透かしたのだ。
「…どうして…わかるんですか…」
「やめておきなさい」
布男が低い声で言う。
「なんでわかるのよ!!!」
上品な口調が聞きなれたものになった。
「私にはわかります。アナタの悩みも。
そしてこれから何をしようとしているかも」
「………」
「………」
黙り込んだ。
寒い…だが、寒さを感じない。
俺は汗をかいている。
間違えば…間違えばリサが…
「……だって…」
「………」
「…………だってどうしようもないじゃない!!!!!!」
リサは泣き出しだ。
昨日見た涙よりも切実で、思い詰めて、苦しい涙が流れていた。
そして速足に去ろうとするリサの手を引き俺は言った。
「いいですか?あなたにはまだチャンスがあります。
その男、突然現れる男があなたを救います。
彼を信じ、信じきれれば…あなたは救われるでしょう。」
そう言い残すと俺は去っていった。
角を曲がると少女がいる。
「ちょっとなにしてんのアンタ!!!泣かせてんじゃない!!!あんな美女を!!!」
ってお前だろ!!!と突っ込みたくなる気持ちを抑えた俺は布を捨てると服を着て走り出した。
買い物だ。
リサの好み。好きなものは音楽、ちょっと前にちょっと流行ったアーティストの曲。
俺は中古屋でCDを購入すると次の買い物に急いだ。
あとは甘いもの。
高知のおいしい店といつか聞いた、その店のマカロンと。
走る、走る、走る…遅れたら…リサが!
必至だった。学生のころから競争では殿を勤め続けていた俺が上がり3F32秒台。
息を切らせながら走って戻ると角の隅に少女。
「き…来たわよ!吉田!早く!!!」
うおおおおおおおおおおお!!!!!!!
間に合え!間に合え!!!そう念じた俺は猛ダッシュする。
「なによさっきの変なの…突然現れる男って…もう…幻覚…かしら……はあ最期に変なのみた…」
ブツブツ独り言を言いながら屋敷に入ろうとする女性に
【ドオオオオオオンンンンン!!!!!】
82キロの重りがぶつかった。
衝撃で腰をつく女性…
「痛っーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
手を後ろについて痛みにこらえ…
そしてハッとする
「あ…突然現れた…男………」
傍ら。倒れこむレジ袋を持った男。
「あ…アンタ昨日の………
アンタかーーーーーーーーーーーーい!!!!!!!!!!!!」
叫びだすリサ。
「よ…よう昨日ぶり…」
「な!なんなのよアンタはいきなり突進してきて!!!
当たり屋かなんかなわけ!?」
「ちっ!違げーよ!!!お前がランニングコースにいるんだよ!!!」
カラン
その時一枚のCDが転がった。
さっき買ったもの。聞いたこともない2流アーティストの中古品。
アニソン以外のCDを買ったのは初めてだ。
「あ…これ………。アンタも好きなの?」
来た!予想通りだ!
「あ…ああ!これさ!ちょっと古いんだけどいまだに好きでさ!
そこまで流行ってないから話せる人もいないんだけど!」
とってつけたように言うと少女が表情を変えた。
「えー!マジ!?マジ!?あたしも大好きなの!!!
珍しいわね!!!ホントボーカルの~~~」
突如マシンガントークになりだしたリサにウンウンといい会話を盛り上げる。
会員の話を聞くスキルがこんなところで役立つなんてな…。
「ってアンタ血出てるじゃない!」
「ん…ああ。さっきすりむいたときかな?」
「ちょっと来なさい!消毒くらいするから!」
計画通り。
俺は二度目の部屋へと入った。
相変わらずいい匂いがしやがるぜ。
絆創膏を持ってくるといったリサの布団で深呼吸し悦に入る。
そういやしばらく抜いていない。ちょっとくらいこすりつけておくか、なんて考えると足音がした。
「大丈夫?」
「ん、まあかすり傷だよ。」
「ったく、気をつけなさいよバカ」
いつもは猫をかぶっているのだろうが、昨日から口調が俺の知ってるリサになっていた。
さあ、仕上げるぜ。
救ってみせるぜ美女さんよ。
俺はそう思いながら言った。
「ん…お前こそ大丈夫か?」
「私はちょっとぶつけただけ。誰かさんのおかげで二日連続痛いけどね」
姑のようにねちっこい口調で言うリサ。
「違う。」
「へ?」
「なんか…辛そうだぞ」
俺は袋から洋菓子を取り出した。
リサの大好きなマカロン…ではない。
いつか彼女がうれしそうに頬張った思い出の品。ファミマのショートケーキだった。
「ホラ。なんか甘いもん好きそうだし、食えよ」
ガタン
リサが絆創膏と消毒液を落とした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
なんなんだろう。
私はいったいどうしてしまったんだろう。
幻でも見ているのだろうか。
何もない、白紙のようでいて黒い未来しかない私の最期の夢なのだろうか。
不思議なものね。
変な預言者に見破られたかと思えば現れたのはまた変な男。
私と同じ趣味で妙に馴れ馴れしい男。
この男にも悩みを見透かされた。
そんなひどい顔してるのかな?
…誰も気づいてくれなかったのに。
誰にも相談できないのに…
あの男との結婚の話がきてからずっと悩んできた。
ママには強制的に話をすすめられた。
言葉づかいも正されて、
式の為にと大好きな甘いものも禁止された。
集めていた少女マンガも子供じゃないからと全て捨てられた。
何の自由もなく、大嫌いな男結婚させられるくらいなら…
そう思って。決心がついた。
そういえば預言者が言っていたっけ。
突然現れた男がなんちゃらって。
この男。せっかくなら神様もイケメンをよこしてくれればよかったのに(笑)
でも…優しい目してるなあ。
こいつになら話してもいいかな、、、
相談乗ってもいいかな、、、
でも…今までみたいに「お金持ちの悩みはぜいたくでいいね!」なーんて言われちゃうんだろうな…。
そんな事を悩んでたらコイツはケーキを差し出してきた。
コンビニの安いやつ。
でも…食べたいなあ…。
なんで…
なんでこいつこんなに私の求めているものがわかるんだろう…。
なんで誰もわかってくれなかったのに!!!
気が付いたら私は夢中にケーキを頬張っていた。
「鼻にクリームついてんぞお嬢様w」
なーんて茶化してきたから恥ずかしくて殴った。
私のこと心配してくれて…
私にケーキくれたのに…ダメだなあ私。
あー。でもいいなあ。
自分の言葉づかいで、自分の趣味の話ができて、自分の好きなものが食べられてる。
幸せだな。
楽しいな。
相談…したら聞いてくれるかな…
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
突然だった。
彼女がどんな心理状態かはわからないが突然すべてを話だした。
そう。死ぬつもりだと言うことも。
俺は黙って聞いた。
二度目の話だが真剣に聞いた。
そしていつの間にか大粒の涙を流すリサが言う。
「昔ね…恋のイタリアンプリンっていう漫画がすきだったの…。
ああいう恋愛に憧れてたのになあ…。」
昨日チビリサが読んでたやつだ。
「ああ。アレ結局幼馴染より先生選ぶんだよな。」
「へ?」
リサがキョトンとしている。
昨日チビリサがキャーキャー言いながら読んでたけど。
「な!そ!そうなの!!!」
リサが俺の肩をつかんでぶんぶんと聞いてくる。
「えーーーー!読みたい読みたい!…読みたかった…なあ…そういう恋愛したかったなあ………」
手を放して肩を落とした。
そんなリサの手を今度は俺が握る。
「読めるだろ。そんでそんな恋愛できるだろ。
楽しめる相手を見つけろよ!自分の人生諦めんなよ!
自分を否定すんな!イヤなもんは断ればいい!
家の問題で結婚できないなら家捨てて連れ去るくらいしてやれ!
そんな男がいないなんて誰が決めつけた!
俺ならやるぞ!
もうしょうがねえ!俺がお前を連れ去ってやるぜ!…
って最後のはなしにしても…」
アレ…?
最期に冗談を絡めたのは恥ずかしいからだけど…
リサの目がおかしい…。
顔を真っ赤にしてこっちを見つめて…
え…冗談ですよ?アレ???
「だ!だって!まだ会って二日目なのに!!!」
目をぐるぐるさせてテンパっている。
病んでたんだな。そんなことを…こんな俺に思うくらい辛かったんだな。
俺は言った。
「まだ二日だよ。だからこれから時間をかけて口説いていいか?」
と
リサは泣きながら頷いた。
俺の名、スペック、明日埼玉に帰ること、アドレスを教えてくれと一通り話をした。
「吉田…私大丈夫かな…?」
リサが不安そうにいう。
「俺も俺が大丈夫か心配してる。お前みたいないい女口説き落とす自信はどこにもねーからな。」
リサの顔が真っ赤どころじゃない。
「…バカ…」
小さくつぶやかれた。
最期に財布を紛失した(というネタ)でリサから交通費を借りた俺は屋敷を後にする。
そして路地で小さくなって寒そうにしていたチビリサの頭に手を置いてなでてやる。
「な…なによ!?いきなり!」
「辛かったんだな」
そういうとリサは恥ずかしそうに目をそらし
「私は知らないことよ」
と言った。
その日の夜。
交換したてのアドレスからメールが届いた。
≪吉田へ
私パパとママに話をしたの。自分の恋愛がしたいって。
かなり苦労したけど猶予だけもらえたわ。
夏には恋人を連れてきなさいって言われて、まあ執行猶予ね(笑)
それができなければ今の縁談を進めるってさ。
がんばんなさいよ?吉田。
PS.ありがとう≫
と、ミニリサが言う。
「すごくキモい展開だけど…とりあえずありがとう…がんばんなさいよ?吉田。」
「なにがキモいかコラァァァ!!!」などといつものギャーギャーを展開し、夜行バスを待った。
このやり取りもあと1日しかできない。
「とりあえず夏までの猶予はあるわね。」
「うむ。」
「まずアンタ!夏までに借金返済しなさい!」
「………へ?」
「当たり前でしょ!恋人が借金苦とか絶対惚れないし親がNGするから!」
「…ん。むう…」
「それとこまめに連絡してあげること!病んでるんだから!あとたまに会いに行ってあげること!」
「…金かかるなあ…」
「あったりまえでしょうが!恋愛よ!素敵な恋愛をするんでしょ!?」
たしかにそうだ。
今借金は…リボと奨学金は…まあいいとすると130万くらいか。
いいぜ。いい機会だ!返す!
男吉田の返済RUSHだ!!!
「頑張んなさいよ?吉田。」
メールの分が気に入ったらしいリサがもう一度言う。
残り1日しかないこのやり取りをかみしめながら俺はリサの頭を撫でてやった。
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絶対に借金を返す。
そう意気込んだ。俺はリサの頭に手を置いて…
あれ?布団だ。
布団を開けてみる。
リサ?
団塊がいた。
そうだ。会の出張で宿泊…
ああ。借金返さないとリサが…。
JCB 40万(買い物込109万3300円)
ビザ 32万(買い物込116万1000円)
Pミス 37万
ていうか改めて整理するとすごいことになってんな。
なんとかしてお盆までにキャッシングの109万だけでも返さないとな。