目が覚めると灰色の景色が見えた。
「どこだ…ここ?」
眠気眼をこすりぼんやりと記憶を呼び戻す。
「ああ。事務所にいたのか…」
時刻は7時半。9時半開始のわが社において実に速い出勤である。
コロコロと転がるオフィスチェアを並べて寝た。
腰の部分だけが転がり椅子から落ちそうになり目が覚めたり…
率直に言って寝心地は最低だった。
そして暖房と足元用のストーブをつけて暖をとっていたために乾燥がすごい。
唇はひび割れ喉はカラカラ。両手で口を覆い確認したマイブレスは阿鼻地獄の香りであった。
机で寝ようとも考えたが、人が入ってきたときに言い訳ができなさそうだったのでやめた。
事務所の非常用ペットボトル水を拝借し、のどを潤し歯を磨く。
無精ひげと皮脂のテッカリが気になるが仕方ない。
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さて、机でも直してコンビニでコーヒーでも買いに行こう。
コンビニまでは5分もかからない。
俺はホットコーヒーとジャムパンを購入すると事務所に帰りタバコに火をつける。
「ふぃー。うまい。」
長い夜が明けて現実へと帰って来られた気がした。
本来であれば出勤が地獄であり、オフこそ天国なはず。
しかし寝場所も居場所もない俺にはこの事務所で業務に励む瞬間だけが人間の証明であった。
朝を迎えられたことに満足しながら机に突っ伏してコーヒーを飲む。
そんな俺の肩を誰かが掴んだ。
時にして一瞬。ほんの一瞬のうちの0.5瞬くらいで全身に鳥肌が立った。
まさか事務長こんなに早く来てたのか。。。危ない誰か…空き巣か…。それとも…。
隠すべきはなんだ寝泊りか?しかし前日とは言え早い出勤は褒められるか?それともこの机タバコか?
頭がこんがらがりながらも必死に考えようとするのにまた0.5瞬。
そして反射的に振り向くのもまた一瞬だった。
「………たしの分…」
「あ……」
俺の肩をギリギリと掴む手の持ち主は、白い服を着た白い少女であった。
「アタシの分は!!!???」
『バゴン!!!!!』
懐かしいような左頬の衝撃。デジャブである。
イスごとひっくり返る俺の目に映ったのは、頬を膨らませ腕を組み、仁王立ちしたリサだった。
「お前…幻覚じゃねえのかよ…」
「ハァ!?なにまた意味の分かんないこと言ってんのよ!助けるって言ったでしょ!?」
画に書いたような怒りの声、そして立ち姿である。
しかし表情は少し。ほんの少しだけ心配げで、そして寂しげだった。
「助けるって言ったでしょ!?」の部分を口に出したとき。彼女の顔は曇ったように見えた。
事情はわからない。助けるというのがどういうことかも。
俺にできることは何もない。
でも見てしまった。
強気な少女の不安げな顔を見てしまったのだ。
そう見えただけかもしれない。でも確かに見えてしまったのだ。
俺が助けなければどうなる?
他のやつに断られ続けてきたのか?
そりゃそうだ。俺だって正直面倒ごとはお断りだ。
人生が安定してるやつなら尚更断るだろう。
あの時変なのに手出さなければこんなことには…なんて取返しつかない後悔をするのが怖いのは誰だって一緒だ。
…
……
あーあ。もう仕方ない。
「ああ。言った。確かに言っちまったなあ!何にもできないけど出来ることは何でもしてやるよ!!!言っておくが俺はここでお前を助けるヒーローでも何でもないぞ!何もできない!!!でもやれる事だけなら全部やってやるよ!」
言い訳ばかりの決心だ。かっこ悪いことこの上ないと自分で言いながら思う。
恐らく自分の半分もいかない年齢の少女に対してこの自信の無さだ。
「ふーん。約束は守るのね…。ま、当然ね!」
返ってきたのは実に生意気な返答だった。
ダサい男と礼儀知らずの女の会話はうまく噛み合っていない。
だが…少女は少しだけ。
ほんの少しだけ嬉しそうに笑っていた。
その表情を見て俺も何故か笑顔になる。
笑みをこらえるように目をそらす彼女とは対照的に、思いっきり満足気な顔で少女を見つめてやる。
チラりとこちらを見るリサと視線が合った。
「な…なに変な目で見てんのよ!!!」
顔を真っ赤にして必死にぶん殴ってきた。
「と!!!とりあえずパンとコーヒー!!!あたしの分!」
「な!?テメエ態度デカっ!!!!!???俺金ねーんだぞコラァアア!!!」
「うるさい!!!助けるって言ったでしょ!!!早く!!!」
「助けろって物乞いかよ!このストリートチルドレンが!!!」
「ちっ違うわよ!!!でもとりあえずお腹空いてるの!!!」
最終的に俺を説得したのは、頼み事の仕方をしらない生意気な少女ではなく、彼女の「ぐう」という腹の音であった。
「ほらよ。」
ため息まじりに買ってきた、パンとコーヒーを差し出すと彼女の表情が一瞬にして明るくなった。
『パァァァァ!』という効果音が聞こえそうな顔だ(笑)
状況はただのパシリ・カツアゲ。中学時代に日々のルーティンとしてこなしていたことだ。
だが正直この表情だけで、またやってやろうと思った。
これが父性というやつか?いや違う。優しさ?それもちがうな。
そうだ。俺、ロリコンなんだ。
ガツガツとパンを口いっぱい頬張る少女。
さて…「いいとこのお嬢様」という昨日の印象はどこに行かれてしまったのか。
こちらに背を向けて両手で持ったパンをガツガツと貪っている。
絶対に人に渡さないと食べ物を隠すような仕草が犬のようで何ともかわいい。
その姿がおもしろくなった俺は「リサ。ゴミ預かるよ。」とわざとらしく横から手を差し出す。
すると少女は思いっきり背を向けて食べ物を必死に守るように食べ続けた。
ニヤニヤしながら反対側から手を差し出し「ホラ。袋捨てるから」と言うと今度は反対に背を向けた。
ハムスターみたいだなコイツ。と思いながら満足した俺。
そのわざとらしさに気づかれたのかキッと一睨みされた。
さて本題である。
今俺とリサは向かいに座っている。
俺は改まった姿勢で。リサは椅子の上でヒザを抱えてホットコーヒーを飲んでいる。
「で。助けろってどういうことなんだ?」
コーヒーをずるずると飲みながらリサが上目遣いでこっちを見る。
「…あのね…助けてほしい人がいるの…」
「はい?お前じゃなくて?」
「ううん。ちょっと説明が難しいんだけど…、とにかくね。ある人が命の危険に晒されてて、その人を助けてほしいの」
なんだろう。説明がザックリし過ぎて意味が全く分からない。
院卒の俺の頭脳を持ってしてもだ。
「命の危険って…。そりゃお前を助けるとは言ったが他人の医療費なんか払えないぞ俺は。」
そりゃそうだ。この少女のために…、と思った結果「実はーカレシがチョーピンチでー?助けてくれてよかったー。マジ金出してくれてサンキュー。」なんて言われたら発狂する。
「そういう事じゃないわよ…。その人が死にそうなの。それで…その人が死んだら私も死んでしまう。まずはその人と仲良くなってほしいのよ。」
死ぬ。そんな非現実的なワードがサラッと出てきた。意味が分からない。彼が死んだら私も死ぬってか?それとも経済的に死ぬしかないってか?
「はあ…それってのはどんな人でお前のなんなんだ?」
「まあ知り合いね。年齢25歳の超絶美女よ。」
「マジか!!!!!超か!!!超絶美人なんか!!!仲良くしてええんか!?ズッコンバッコンしてええのんか!!!!!!!」
興奮した俺に通算6発目の鉄拳が入る!
「い…いいいいいいわけないでしょ!!!!!!!」
顔を耳まで赤くして12発目まで連打された…。よく理解してるな耳年増め。
「わ!わかったわかった!やるやる!真面目にやるから!」
「はあああ…」
一回り以上年下の少女に深くため息をつかれた。
「で、アンタ何?サラリーマン?スーツ着てるし。」
「そうだよ。ここが事務所。っていうかそもそもお前どこから入ってきたんだよ。」
「それは企業秘密ね。」
「ガキが企業とか言うなバカ」
無言で拳をぶつけながら無視して話を進めるリサさん。
「そう。アンタ今日から一週間仕事休みなさい。」
「……は?」
「聞こえなかったの?助けてくれるんでしょ?」
「…はあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!????お前今日正月明け初日だから!!!!!ムリだから!!!!!」
「お願い!助かるには時間が必要なの!!!助けてよ!!!」
出たよこの顔。
マジでムリなのに…。
そのちょっと必死で泣きそうな顔やめてくれよ…。
「ああああああああああもうめんどくせえええええなああああ!!!!」
俺はパソコンに向かってキーボードを叩く。
リサは心配そうに眉を下げながら見つめている。
『ガー』という音を立てて出てきた一枚の用紙。
【休暇届 事務長殿。 明けましておめでとうございます。そして新年早々申し訳ありません。インフルエンザになってしまいました。後ほど電話いたしますが一週間ほどお休みいただきます。 吉田まさのぶ】
それをバンと机に置く。
オドオドしながらそれを見るリサ。
「…ありが…とう…」
泣いていた。
「バッ!バカ泣くなよ!助けるって言っちまったしいいんだよ。どうせ失うものもねーしヒマだからな!」
自分のダメさを誇らしく語ったのは人生初だった(笑)
「あんた吉田っていうのね。。。よろしくね!吉田!」
涙を少し流しながら笑顔で握手を求められた。
泣いたり笑ったり忙しい奴だ。
俺はリサの手を握り返した。
ついでに少女の手の柔らかさ、滑るようなしなやかさを味わうようにこねくり回した。
『バゴン!!!!!』
左手では一発目かな?と思いながらよろめく。
「この変態!!!とにかくちゃんとやりなさいよ吉田!」
俺は握っていた手を口に当てスーハーと深呼吸をして答えた。
「任せろよ!」
「…もうなんか殴るのも疲れた。とにかく行くわよ。」
実に疲れ果てた様子である。
「行くってどこへ?つかお前未成年だろ。帰らないとさすがにまずいだろ。」
「それは大丈夫。ここには連絡する人もいないし、私はいないことになっているから。」
複雑なご家庭なのだろうか…。それにしては身なりがきれいだが。
「なんか家出少女として救出された挙句、俺が三食昼寝付きの鉄格子にぶち込まれる予感がするんですが…」
「無いって言ってるでしょ。それに向かうのは私の家よ。」
「ほう。で、それどこ?」
「高知よ」
「お前今いくら持ってる?」
「お金なんてあったらあんなお腹空かしてないわよ」
「ほかに頼れる人は?」
「いたらアンタなんかに頭下げてないでしょ?アンタに頼むのだって勇気いったんだから。無視されるか、普通警察に連絡されて保護されてゲームオーバーよ」
頭を下げられた記憶は一切ないが状況はこうだ。
一週間以内に高知に行き25歳超絶美女と仲良くなる。他に頼れる人はいない。金がない。交通費がない。何とかできるのは俺だけ…。積んだな。
マサラタウンを最初のポケモンも持たされず一文無しで追い出された主人公。
とはいえ…俺しかいないのか。。。
「まあしょうがない。行くか!」
俺は颯爽と立ち上がる。
「とりあえず駅ね。交通費立て替えておいて…いつか必ず返すから…」
「は?そんな金持ってないぞ?借金なら300万あるがな!!!ワハハハハ!!!」
「はああああ!!!?????ちょっとアンタ積んだじゃないの!!!これからどうすんのよ!!!」
「とりあえずパチ屋で資金調達さ!!!」
「イヤあああああああああああああ!!!完全に終わったあああああ!!!」
「うるせ!他に頼れる人いねーんだろが!行くぞ!」
ピッツァメンと謎の少女。所持金9000円の旅が始まった。
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という事を考えながら勤務初日を終えた。
初日早朝から特大ベーンと大量のトイレットペーパーで便器を詰まらせ泣きながら掃除した。
もう風呂に入りたい。
追い込まれるほど執筆がスラスラといく。現実逃避ってすごい。
現実。執筆。
どっちが…どっちだろう…。
現実?夢?今はどっちだっけ。
アレ…リサ…?
ああ。そうか9000円で交通費を増やさなきゃいけないのか。
こりゃ大勝負だな…。
リサの命がかかってるらしいからな。信じられないような話だが。
まあウダウダ言ってもしょうがねえ!年上の俺がなんとかしないとな!!!
っしゃ!パチ!いっちゃうぞ~^^