ネオンきらめくフライデーナイト。


ひときわ賑わうのはクリスマス前だからか?


それともボーナス直後だからか?


両方だろうか。ボーナスが支給され財布のひもが緩くなったところを狙い撃つイベントの数々。


なんともうまい搾取社会である。


 


さてその搾取社会にあらがう男の話。


12月22日。ついに約束の日がきた。


小野は職場が八重洲・俺が新宿からそう遠くないという立地のため集合は母校駅御茶ノ水になった。


店をリサーチする。


男同士。あまり高い店に行く必要はないが、二人ともいい大人。


そして難しい話もあるし、何よりも久しぶりの再会である。チェーンは極力避けそれなりに気の利いた店をチョイスしよう。


高くはないが落ち着いた雰囲気、金の蔵という店をWEB予約した。


 


そして改札口。奴と会うのはもう5.6年ぶりになる。


会えるだろうか、一目で見てわかるだろうか。


6年と言えば人がそのくらい変わっていい月日だ。俺は…俺はどう見えているのだろうか。


と、考えている俺の肩がポンと叩かれる。


 


小野「吉田!久しぶり!」


MASA「お、お、小野君。久しぶり」


アレ?こいつこんな上から目線だったっけ?


 


小野「うわー変わってないな~吉田!!!懐かしい!」


吉田「そうかな…。小野君は…なんか変わった?」


小野「そうか?まあ最近…ハゲたな!www」


 


ガハハと自虐ネタで笑う小野。「昔からだ」とツッコみたくなるがそんなことより驚いた。


学生時代に小野の髪の毛について会話で触れたときに、もの凄い剣幕で睨まれたことがある。


というか競馬談義が少なくなり卒業してから疎遠になっていた原因がそれである。


それが自らをハゲネタでいじるようになっている。明るく、どこまでも明るくなっている。


 


大きな体にヨレた肌。薄い髪の毛に細い眼鏡。学生の時から変わっていないはずなのに、


こんなにもたくましく見えるのはこの明るさからだろう。


これは俺も負けていられまい。渾身の明るさで、陽キャノブで迎合してやろう!


俺は急遽テンションを上げた。


 


MASA「よっし!行こうか!」


 


席に着く。写真と違いややガヤガヤとした店だが気兼ねしなくていい感じだ。


ピッツァメンと巨漢の飲みだ。こってりした揚げ物を中心に頼み、ビール待つ。


時は来た。やつが自らの頭皮を自虐ネタとして持ってきたのだ。


俺が答えないわけがない。


緊張し、手を震えさせながら俺は前髪を両手でかき上げる。


 


MASA「実は俺もかなり…」


小野「おお!お前もきてんなーwwwwwwwww」


いつもなら暴れているところだ。だが、久しぶりの再開と同じ境遇の仲間に会えた喜び。


苛立ち、恥ずかしさもなかった。


到着したビールのジョッキを荒くぶつけて宴が始った。


 


最初は他愛もない話。


やれ仕事はどうだとか、恋愛がどうだとか、そんな退屈でしかない話は10分もしなかった。


MASA「それより有馬記念どうする?」


小野「うーん。キタサンブラックだよ。」


MASA「でもキタサンはグランプリ未勝利だし、この舞台は若い馬が有利し…」


そこから先日書いた理論を展開する。


それをうんうんと頷きながら聞いていた小野から驚愕の言葉が飛び出した。


 


「…なあ吉田。お前の言わんとしていることはわかる。でもな。


おれ気づいちまったんだよ。馬って生き物の感情は俺らにはわからない。


乗ってるジョッキーのこともだ。逃げると思った馬が場群の中にいたり、


追い込むはずの馬が大逃げかましてたりする展開を俺は何度も味わった。


八百長を疑ったこともある。


色々と予想をしても最後には勘みたいなものに頼らざるを得ないんだよ、本当はお前も分かってるんだろ?」


 


唖然とした。コイツの言ってることはウインズで「〇番!〇番!」と叫んでるオヤジレベルだ。


それよりも「お前もわかってるんだろ?」その一言がショックだった。


 


ああ…でも…わかってるんだよ…。


俺もわかってんだよそんなこと。


計算式なんて建ててもその通りには動かない。


 


「…でも」


俺は口を開いた。


「トータル収支は変わってくるはずだ…」


 


小野は口元に手を当てて考え込むような表情。


小野「なるほどな~。長い目で見ると成果出てくるか…」


そして「ただ俺は毎週遊び程度に競馬楽しむので精一杯だ」と付け加えた。


 


終わった。コイツは終わっていた。


忙しくなり仕事に力が入る。趣味の競馬に対する情熱が薄れていくのはわからんくもない。


だが、コイツはあの熱かった小野は終わってしまった。


馬券師としての衰えを容認してしまったのだ。


 


ダメだ。俺がこうはなりたくないと思いつづけてきた反面教師が目の前にいた。


ギラつく目線が死んだ魚のようになっている。情けの無い男。


久しぶりに同等の議論ができる相手が見つかったと思った…。


ぬか喜びだった…。


愕然とした俺は6杯目のグラスをからにしていた。


 


相手がどう感じていたかはわからない。


しかし俺にとってはやけ酒だ。(まあそれでもそこそこに楽しかった気はするが)


何ともない競馬の話をした。


『あなたにとって有馬記念とは?』というトークだ。


俺はシルクジャスティスと答え、小野はゼンノロブロイと答えた。


 


諦めながらただ話を楽しんでいた俺にポツリと小野が呟いた


「でもさ。さっき吉田が言ってた理論って、誰もが頭の中でやってることなんじゃないかな?」


と。


そうだ。


そういやそうだ。俺はフワフワとした思考回路の中でうっすらと納得した。


そうなのだ。


パドック派・血統派・ラップ派…誰もがその中で総合評価をしている。


それを頭の中でかみ砕く。そしてザックリとランク付けしている。


 


MASA「そう!そうなんだよ!その思考をなんとなくから明確なものにできれば勝利はグッと近づくんだよ!!!」


小野「なるほど…。それに必要なのが…」


MASA「そう!それにひつようなのが!」


小野「お前の言う外的要因の数値化か…。」


MASA「そう!」


小野「なるほど…。よし!じゃあ有馬記念だけやってみるか!!!」


MASA「っしゃ!!!有馬で蔵建てようぜ!!!ピッツァメン!!!!!」


小野「ピ…?ピッツァメン?」


 


その日終電に駆け込むように家路についた。


安い店だったがかなり飲み食いした。会計は二人で万越え。


それでも二人とも満足だった。少なくとも俺は。


 


上機嫌な俺は終電を途中下車しPINK店へ。


徒歩で帰った時は深夜より早朝に近かった。


 


残りのボーヌスは7万になっていた。


しかし、それ以上の価値がある一枚のメモが俺のポケットに入っていた。


 


計算式に沿った作業を再びはじめ机にしがみつく。


 


有馬の答えが出来上がろうとしていた。


「よし!これで明日の朝には答えが出せる!」


 


歴史に名を刻むNEO IMPACT院卒馬券完成の瞬間である。