最終回 それでも
朝、私は夫に向き合った。
「話があるの」
夫の手が止まる。
私の声がこれまでと違うことを、すぐに悟ったのだろう。
息を整え、私は言った。
「好きな人がいるの」
その瞬間、夫の顔から血の気が引いた。
「……誰だ?」
「会社の人。もう嘘はつけない」
夫はテーブルをつかみ、震えながら言葉をしぼり出した。
「ふざけるな……俺たちは……家族だろ」
私も涙が溢れた。家族を裏切ったのは事実だから。
でも、もう後戻りできなかった。
長い沈黙の末、夫は疲れた声で言った。
「出ていくのか」
「……うん」
私の答えに、夫は顔を覆って泣いた。
その姿が胸を裂いたが、それでも私は決めた。
家を出て、荷物を持ったまま外に立ったとき、スマホが震えた。
《話し合った。俺も……離婚する》
《会える?》
夕暮れの公園で、安藤は私を見つけると、何も言わず抱きしめた。
「あの家を出たんだね……」
「うん。でも怖い。これからどうなるか、わからなくて」
彼は私の手を取り、指を絡めた。
「大変になるよ。いろいろ失う。でも……それでも、一緒にいたい」
その言葉は、嘘のない未来を照らしていた。
私は深く息を吸い、彼の胸にそっと頭を預けた。
痛みと不安と、それでも消えない温もり。
二人はゆっくりと歩き出した。
愛が許されない形だったとしても、
私は初めて“自分の人生”を選んだのだと思った。
終わり