この職場にいて感じるのが、「人は毎日死んでいるのだ」という事実です。
ここは式場が2つありますが、だいたい平均して1日1家くらいは葬儀を行っています。
この小さな式場だけで毎日1人亡くなっていくなら、世界ではいったい一日どれくらいの人が
亡くなっているのか?気の遠くなるような話です。
詰め所にはここで葬儀を行った方の死亡届がファイリングされていて、広辞苑のような厚さです。
これを手に取るとなんというか、諸行無常を感じずにはいられません。


もう一つ感じるのは、葬式は遺族が故人を偲ぶための演出なんだという感覚。
そのことに何の不満も異議もないのですが、葬儀というシステムはあまりに洗練されており、
葬祭業者をはじめとする業者の手際はあまりにもよく、悲しみに暮れる家族の裏で
業者がてきぱきと「業務」をこなすのを見ていると、何とも言えずやりきれない思いになります。

一番それを感じるのが出棺のときです。告別式が終わり、ご遺体が霊柩車に入れられ、
ご遺族が焼き場に移動するため式場を出ると、すぐに式場の片づけが始まります。
祭壇にお花、椅子、マイク、照明など、すべて片付くのに1時間もかかりません。
その手際のよさに、さすがプロと尊敬の念を感じつつ、現場が一瞬で実務的な雰囲気へと
様相を変えることに、初めは静かな衝撃をうけていました。


こういうのを目の当たりにしているせいか、私は別に葬式開いてくれなくていいやと最近思います。
俺が死んだらさっさと焼いて、遺灰を庭にでも撒いてくれと。
だれも偲んでくれないのはさすがに寂しいので、自宅でお別れ会でも開いてくれたら、
もう思い残すことはないですね。
皆さんは自分が死んだらどのように弔ってほしいでしょうか?


以上、某区斎場の地下1階からお送りしました。合掌(-人-)