堺屋太一さん  死去

70年万博企画  「団塊の世代」命名

83歳

「団塊の世代」という言葉の

生みの親として知られる

作家・経済評論家で、

経済企画庁(現内閣府)長官も

務めた堺屋太一

(本名・池口小太郎)さんが8日

多臓器不全のため死去した。

83歳だった。

告別式は17日午後1時から

東京都港区南青山2の33の20

青山葬儀所。

喪主は

妻で洋画家の池口史子さん。

大阪市生まれ。

東大卒業後、

1960年に通商産業省

(現経済産業)に入省し、

70年大阪万博や

沖縄海洋博の企画を手掛けた。

執筆を担当した

62年版通商白書では、

興業国同士が貿易を活発化させる

ことで互いに発展する

「水平分業論」を発表し、

世界的に注目を浴びた。

75年に石油を断たれた

日本を描いた小説「油断!」で

作家としてデビュー、

ベストセラーとなった。

76年の小説「団塊の世代」の題名は

戦後のベビーブーム世代を示す

用語として定着した。

78年に退官後は、

作家・評論家に専念。

「知価革命」(85年)などの

経済評論のほか

「峠の群像」

「秀吉」といった

歴史小説も発表した。

98年には

小渕内閣の経済企画庁長官に

民間から登用され、

2000年の森内閣まで務めた。

タクシー運転手らに

景況感を尋ねて実態を探る

「景気ウォッチャー調査」を

発案するなど、ユニークな政策を

導入した。

08年の大阪府知事選では

タレント弁護士だった

橋下徹氏

(前日本維新の会代表)の擁護に関わり

府知事や

大阪市長を務めた橋下氏の

政策ブレーンとして、

大阪に都制度を導入する

「大阪都構想」を後押しした。

12年に旭日大綬章。

25年国際博覧会

(大阪・関西万博)の誘致活動でも

開催機運を高めるPR役を担った。






関係者によると、

堺屋さんは

1月上旬に体調を崩して

東京都内の病院に入院し、

心臓の手術を受けたという。



【読売新聞2.11】