法隆寺と縁 滋賀県に幻の寺か
蜂屋遺跡
若草伽藍と同型瓦出土
【読売新聞11.2】
滋賀県栗東市の蜂屋遺跡で、
7世紀後半(飛鳥時代)に
創建されたとみられる
古代寺院跡を発見したと、
県文化財保護協会が1日、発表した
聖徳太子の建立と伝わる
法隆寺若草伽藍
(7世紀前半、奈良県斑鳩町)と
同じ瓦も出土し、
協会は
「法隆寺や聖徳太子の一族と
縁が深い有力氏族が建立した、
幻の寺院ではないか」とみている。
河川改修に伴う調査で、
南北方向に延びる溝4本
(幅1~3.5㍍、
深さ0.2~0.4㍍)を確認。
中から大量の瓦が出土した。
うち2点は
植物文様をあしらった
「忍冬文単蓮華文軒丸瓦」だった。
協会によると、
法隆寺や近接する
中宮寺跡などしか出土例がなく、
法隆寺創建当初の若草伽藍に
用いられた瓦と同じ型で
作られていたことが判明した。
また、
7世紀後半に造営された
現在の法隆寺西院伽藍と
共通する軒瓦や、
屋根に載せる装飾「鴟尾」の破片も
あった。
8世紀以降の瓦は見つからず、
寺院は半世紀ほどで廃れたらしい。
瓦が見つかった溝は
敷地を巡る築地塀の雨落ち溝などの
可能性があるという。
一帯は古代、
「物部郷」と呼ばれ、
当時の有力氏族・物部氏の支配後、
聖徳太子の所領になり、
法隆寺に献上されたらしい。
物部郷に管理する水田や倉が
あったと記されるが、
寺院が存在した記録はない。
清水昭博・帝塚山大教授
(考古学)の話
「蜂屋遺跡一帯と
法隆寺の密接な結びつきが
具体的に見えてきた。
文献にはないが、
聖徳太子の一族が
創建に関わったのかもしれない」
蜂屋遺跡
若草伽藍と同型瓦出土
【読売新聞11.2】
滋賀県栗東市の蜂屋遺跡で、
7世紀後半(飛鳥時代)に
創建されたとみられる
古代寺院跡を発見したと、
県文化財保護協会が1日、発表した
聖徳太子の建立と伝わる
法隆寺若草伽藍
(7世紀前半、奈良県斑鳩町)と
同じ瓦も出土し、
協会は
「法隆寺や聖徳太子の一族と
縁が深い有力氏族が建立した、
幻の寺院ではないか」とみている。
河川改修に伴う調査で、
南北方向に延びる溝4本
(幅1~3.5㍍、
深さ0.2~0.4㍍)を確認。
中から大量の瓦が出土した。
うち2点は
植物文様をあしらった
「忍冬文単蓮華文軒丸瓦」だった。
協会によると、
法隆寺や近接する
中宮寺跡などしか出土例がなく、
法隆寺創建当初の若草伽藍に
用いられた瓦と同じ型で
作られていたことが判明した。
また、
7世紀後半に造営された
現在の法隆寺西院伽藍と
共通する軒瓦や、
屋根に載せる装飾「鴟尾」の破片も
あった。
8世紀以降の瓦は見つからず、
寺院は半世紀ほどで廃れたらしい。
瓦が見つかった溝は
敷地を巡る築地塀の雨落ち溝などの
可能性があるという。
一帯は古代、
「物部郷」と呼ばれ、
当時の有力氏族・物部氏の支配後、
聖徳太子の所領になり、
法隆寺に献上されたらしい。
物部郷に管理する水田や倉が
あったと記されるが、
寺院が存在した記録はない。
清水昭博・帝塚山大教授
(考古学)の話
「蜂屋遺跡一帯と
法隆寺の密接な結びつきが
具体的に見えてきた。
文献にはないが、
聖徳太子の一族が
創建に関わったのかもしれない」