「反日」あえて受け止め

和解・国際貢献を強調

【読売 / 平成の天皇- 戦争と平和 - ③】


天皇陛下の

最初の外国訪問は1953年。

19歳だった。

英エリザベス女王の戴冠式に出席し

見聞を広めるため、

約半年で

欧米15ヶ国を視察された。

第2次大戦

(※大東亜戦争)から

立ち上がった

各国を巡り、

「平和の希求」に連なる経験をされた

《新聞記者が

ニューカッスル事件を

どう思われるかと

殿下に直接質問する

異例なことがあった》。

陛下の英国到着を現地の

日本大使が報告した

53年4月29日付の文書に、

そんな記述がある。

ニューカッスルで

反日運動が過熱し、

予定されていた訪問が

中止に追い込まれる事態になった。

チャーチル首相は

日英の和解に腐心した。

歓迎昼食会に

新聞社主らを招き

陛下は

未来を背負う若者だと

演説で訴え、反日の論調を

和らげるのに一役買った。

ハッピーじゃないことを耳にしても

「気にせぬように」という

陛下への助言も、

文書に残されていた。

この旅では

大戦前に3年間、

激しい内戦を経験し、

大戦後も

75年まで、独裁体制が続いた

スペインも訪問された




陛下は即位後、

スペイン国王夫妻を歓迎する

晩餐会のお言葉で、

「貴国の人々の生活も

当時の日本の生活に近い

厳しい状況にあることを感じた」

と、戦後、

厳しい生活を強いられた

両国民の苦難を振り返られた。

日本は戦後、

平和憲法の下で復興を遂げ、

人的・経済的支援を通じ、

国際社会に貢献してきた。




だが

陛下は、

即位後の98年5月、

天皇、皇后両陛下として

初めて訪れた

英国で、

半世紀を経ても癒えない

戦争の傷に直面された。

反日感情を

抱き続ける

元戦争捕虜らが、

両陛下の歓迎パレードに背を向け、

日章旗を焼いた。

無名戦士の墓に献花した

両陛下にも抗議が向けられた

声の方に向き直られた

両陛下は

「あえて受け止めるという表情だった」

と元側近らは明かす。




陛下は

同年12月の記者会見で

「戦争による痛みを受けた

人々のことを忘れることなく、

心していかなければ」と、

英国で感じた痛みに寄り添う

姿勢を示された。

2009年に両陛下で

訪れたカナダは

陛下にとっては

56年ぶりの再訪だった。




陛下は

晩餐会のお言葉で、

両国関係が損なわれた

先の大戦を

「悲しむべきこと」と述べたうえで

戦後、

カナダが貢献してきた

国連平和維持活動(PKO)に

敬意を示された。

さらに翌日、

活動中の犠牲者をまつる

記念碑に供花された。





陛下は06年、

国連加盟50周年記念式典の

お言葉でも、

PKOに尽くす人々の存在を

「非常に心強く思っている」と

強調されていた。

「漠然としてではなく、

ご自身の厳しい経験を踏まえ、

世界の平和を願われている」。

そう語る元侍従長渡辺允さん(82)は、

パレスチナ解放機構の

アラファト議長と

陛下の96年の会見が印象に残っている

議長が

中東和平に向けた

日本の援助に対し、

礼を伝えた。





陛下は

大戦の惨禍に言及し、

「日本の人々にとっては、

世界のどこでも

平和がもたらされることが

一番大事であり、

平和を実現するために援助し

協力するのは

当然のことだ」と

応じられた。