最後の沖縄 心通わせ
沖縄を訪れていた
天皇・皇后両陛下は29日午後、
特別機で帰京された。
退位まで1年余りで臨まれた
11回目の沖縄訪問。
『これが最後だろう』という思いが
未来するなか、これまでと
変わらぬ姿勢で3日間、人々と心を
通わせられた。
両陛下が帰京
初日に向かった国立沖縄戦没者墓苑
では、海風に飛ばされないよう、
時間をかけて白菊の花束を供え、
深く拝礼された。
天皇陛下は、墓苑を管理する
財団の理事で沖縄戦で両親を亡くした
73歳の女性に
『たくさんの戦没者を守っていただいて
』と謝意を伝えられた。
皇后さまは高齢の遺族らの
体をいたわられたが、
自身も神経の痛みを抱え、
耐えるように歩みを進められる
状態だった。
遺族らも、84歳、83歳という
年齢を押して、
1700㌔飛んで沖縄に足を運ばれた
両陛下を同じように気遣った。
2日目は、那覇から530㌔移動した
与那国島で、固有種の馬や島に
伝わる踊り、地元で水揚げされる
巨大カジキを見学された。
島は本土と歴史や文化が異なり、
厳しい暮らしに耐えてきた。
『与那国島の地に立っていただき
わだかまりのようなものが消えた』
と外間守吉町長は話す。
両陛下が
『最後』を意識したそぶりを
見せられることはなかった。
ただ、日本最西端の岬に立った時、
天皇陛下が
『これが最後かな』と
つぶやかれるのを外間町長は
聞いたという。
帰京のため、
那覇空港に到着された
両陛下に対し、
集まった人々から
『ありがとうございました』と
声がかかった。
両陛下は2度、3度と足を止め、
いつもの笑顔で手を振り、
沖縄に別れを告げられた。
(編集委員 沖村豪)
-読売新聞3月30日-
沖縄を訪れていた
天皇・皇后両陛下は29日午後、
特別機で帰京された。
退位まで1年余りで臨まれた
11回目の沖縄訪問。
『これが最後だろう』という思いが
未来するなか、これまでと
変わらぬ姿勢で3日間、人々と心を
通わせられた。
両陛下が帰京
初日に向かった国立沖縄戦没者墓苑
では、海風に飛ばされないよう、
時間をかけて白菊の花束を供え、
深く拝礼された。
天皇陛下は、墓苑を管理する
財団の理事で沖縄戦で両親を亡くした
73歳の女性に
『たくさんの戦没者を守っていただいて
』と謝意を伝えられた。
皇后さまは高齢の遺族らの
体をいたわられたが、
自身も神経の痛みを抱え、
耐えるように歩みを進められる
状態だった。
遺族らも、84歳、83歳という
年齢を押して、
1700㌔飛んで沖縄に足を運ばれた
両陛下を同じように気遣った。
2日目は、那覇から530㌔移動した
与那国島で、固有種の馬や島に
伝わる踊り、地元で水揚げされる
巨大カジキを見学された。
島は本土と歴史や文化が異なり、
厳しい暮らしに耐えてきた。
『与那国島の地に立っていただき
わだかまりのようなものが消えた』
と外間守吉町長は話す。
両陛下が
『最後』を意識したそぶりを
見せられることはなかった。
ただ、日本最西端の岬に立った時、
天皇陛下が
『これが最後かな』と
つぶやかれるのを外間町長は
聞いたという。
帰京のため、
那覇空港に到着された
両陛下に対し、
集まった人々から
『ありがとうございました』と
声がかかった。
両陛下は2度、3度と足を止め、
いつもの笑顔で手を振り、
沖縄に別れを告げられた。
(編集委員 沖村豪)
-読売新聞3月30日-