河内光子

86歳

1月22日、副甲状腺腫瘍で死去

告別式は近親者で済ませた。

広島女子商業学校2年だった

13歳の時、原爆投下の爆心地から

約1.5㌔で被爆。

避難中、広島市の御幸橋西詰めに

設置された臨時救護所で、

血とすすまみれのセーラー服姿で

処置を受ける姿が、

中国新聞のカメラマンに撮影された

写真は

戦後、米国の雑誌『ライフ』に

掲載され、大きな反響を呼んだ。