山本健一
元マツダ社長で、マツダが世界で
初めて量産化に成功した、
ロータリーエンジン(RE)の生みの親と
言われる山本健一氏が20日、老衰で死去
95歳だった。告別式は近親者で
済ませた。後日、お別れの会を開く
熊本県出身。
1944年に東京帝大(現、東大)
第一工学部を卒業後、
旧海軍の技術将校を経て1946年に
東洋工業(現、マツダ)入社。
『夢のエンジン』と言われたREの
開発責任者となり、
67年に世界初のRE搭載車
『コスモスポーツ』発売につなげた
84年に社長に就任し、
87~92年に会長を務めた。
小型で高出力のREの成功で、
マツダは一時、国内3位メーカーに
躍進しました。
元マツダ社長で、マツダが世界で
初めて量産化に成功した、
ロータリーエンジン(RE)の生みの親と
言われる山本健一氏が20日、老衰で死去
95歳だった。告別式は近親者で
済ませた。後日、お別れの会を開く
熊本県出身。
1944年に東京帝大(現、東大)
第一工学部を卒業後、
旧海軍の技術将校を経て1946年に
東洋工業(現、マツダ)入社。
『夢のエンジン』と言われたREの
開発責任者となり、
67年に世界初のRE搭載車
『コスモスポーツ』発売につなげた
84年に社長に就任し、
87~92年に会長を務めた。
小型で高出力のREの成功で、
マツダは一時、国内3位メーカーに
躍進しました。