米国では名誉毀損の民事訴訟で

真実性の立証責任は裁判を起こした

原告側が負う。英国はその逆で、

被告にその責任がある。

日本も英国と同様だ。

が、被告が真実性の証明に失敗しても

真実と信じるに足る、合理的な根拠を

示せば免責される。米英の折衷と

いえよう。

【日本経済新聞12.17/春秋】


◆公開中の映画

『否定と肯定』を見て法制度の

違いを知った。『ホロコースト』を

否定する英国の歴史家が、米国の

ユダヤ系歴史学者の著書で名誉を

毀損された、と英国王立裁判所に

訴えた。2000年に実際にあった

訴訟を作品にした。

『否定論者をいかに否定するか』。

被告の立証論理と法廷戦術が

最大のドラマである。


◆自信と正義感に満ちた被告の学者は

ホロコーストの生存者を証人に呼び、

自ら法廷で原告と論争することを望んだ

だが、弁護団の方針は

『否定論者と同じ土俵に立つな』だった。

客入りが上々だったのは今のご時世と

無縁であるまい。

『信じたいことが真実』の風潮が

はびこる時代。

嘘との戦いに示唆を与えてくれる。


◆振り返れば、

バブル期の女子高生は

『ホントー』

『ウッソー』を連発し、

団塊世代の大人たちのひんしゅくを

買ったものだ。

でも、『ホント?』という命題の

真偽への問いは、

今や貴重に感じられる。

最近の若者は

『マジっすか?』である。

真偽ではなく、

発言者の本気度に対する疑問に変質した

世相を映す鏡だろうか。