天皇退位〔お言葉〕1年

《象徴》情と理で考える時

【日経編集委員  井上亮】

天皇陛下が退位の意向をにじませた

〔お言葉〕の公表から1年。

改めてその根幹を要約すると

[象徴は国民統合のために活動を

続けるものであり、

代理ではなしえない。

天皇が高齢となり、活動が

困難になった場合、次世代の新たな

象徴がその役割を担うべきである]

であろう。

なぜ退位による皇位継承が望ましいのか

[天皇が国民に、天皇という象徴の

立場への理解を求める]という

言葉があったように、お言葉は

天皇自身による象徴天皇論だった。

これを機にメディアでは

[象徴とは何か]が論じられた。

象徴天皇制に関する出版物も数多く

世に出た。国民がかつてなく

象徴天皇について思いをめぐらせた

1年だったといえる。

ただ、象徴天皇の存在が

日本人にとってどのような意味を

持つのか、その根源まで

国民の認識が深められただろうか。

大多数の国民が退位を肯定したが

どれだけの人々が天皇陛下の

[象徴論]を理解し納得したのか。

[天皇が望むなら]という

無条件の反応も多かったのではないか。

退位問題を機に天皇、皇后両陛下の

公的行為、とくに被災地訪問や

社会的弱者へ心を寄せる姿勢に

改めて称賛の声が広がりました。

皇室への敬愛の源泉だが、

美化も度が過ぎると

象徴天皇制への理解を

妨げかねないことに

留意すべきだろう。

天皇陛下の公的行為については

様々な意見があり、その評価は

一様ではない。考察を抜きにした

無条件の礼賛、美化は

異論を封じ込める空気を生む恐れもある

天皇への批判も許容するのが

民主主義だ。

天皇が過剰に権威化され、

政治利用された苦い歴史を

われわれは学んでいるはずだ。

しかし、天皇陛下が

有識者会議での保守派の意見に

不満を示し、退位の恒久制度化を

望んでいるといった非公式な[意向]が

一部新聞で報じられ、天皇の意に反する

議論が不適切であるかのような印象を

与えるケースも見られた。

その危うさがどれだけ認識がされて

いたのか。近代天皇制度初の退位を

[天皇陛下が希望されているのだから]

という感情だけで受け入れてしまっては

大げさかもしれないが、

天皇と国民の関係をいつか来た道に

引き戻すことにもなりかねない。

象徴の立場への理解を求めた陛下の

問いかけの趣旨とも異なります。

象徴天皇を敬愛という[情]だけではなく

制度として[理]で見る半身の姿勢が、

国民主権の社会のあり方では

ないだろうか。

まさに理に尽くした〔お言葉〕は

そのことに気づかせてくれました。

8月8日は

日本人が象徴天皇を考える日で

あってもいい。