昭和天皇

死去直後、英大使が報告書

[不向きな性格]

【日経ロンドン=共同7.21】

若き日の昭和天皇は

[性格的に天皇を務めるのに

向いていなかった]。

1989年1月7日の昭和天皇死去の

約2週間後、英国のジョン・ホワイト

ヘッド駐日大使(当時、故人)が

こうした内容の報告書を作成していた

ことが、20日に英公文書館が

機密解除した公文書で分かった。

報告書は1月23日付で

サッチャー政権のハウ外相(同)宛て。

天皇の来歴や太平洋戦争などへの

関与、戦後に果たした役割を

11㌻にわたって記していた。

ホワイトヘッド氏が

[性格的に不向き]と述べたのは

[(天皇の)青年期]の項目の冒頭。

[明治維新の指導者の後継者たちは

カリスマ性のある戦闘的な天皇を

望んだ]ものの、

即位前の昭和天皇は

[内省的で、

練兵場より科学実験室にいるほうが

向いている]性格だったと描写。

将来の軍最高司令官として

軍事教育を受けたが

[ほとんど熱意を示さなかったようだ]

と述べた。

ホワイトヘッド氏は報告書で、

日中戦争や太平洋戦争に日本が

突き進んでいった30~40年代、

天皇自身は穏健派としてこうした

動きを食い止めようとしていたと

いうのが研究者らの共通認識だとも

指摘した。さらに[軍部は天皇が

障害となるならば、他の御しやすい

皇室メンバーにすげ替える心づもりが

あった]とし、戦争責任に関する日本の

通説として天皇は

[無力だった]と説明。

天皇をナチス・ドイツの独裁者

ヒトラーになぞらえるような考えは

[ばかばかしいほど的外れ]と述べた。

ホワイトヘッド氏は

55年に外務省に入り、86~92年に

大使を務めたのを含めて日本に

4回駐在し、計17年間を過ごした。

英国の日本研究者らでつくる

日本協会の理事長も務め、

2013年11月に81歳で死去しました。