25年前の4月25日。
ミュージシャンの尾崎豊さん
急死の報が流れたのは土曜日の午後
だった。ひよっこ記者として、
東京都足立区の警視庁千住警察署に
駆けつけた記憶は今も鮮明である。
副署長の席の前に陣取って、
刻々と入ってくる情報に耳を澄まし
メモをとった。
◆[15の夜]
[I LOVE YOU]などの曲で若者の教祖と
仰がれながら、26歳で迎えた衝撃の
終幕だった。
30日にあった追悼式の
参列者は雨中に3万7000人を超えている
学校や社会での閉塞感をストレートに
代弁し、時に甘美な旋律に包んだ。
音楽が青春のさまざまな苦悩に
寄り添った時代だったといえようか。
◆顧みれば当時、インターネットや
メールは普及していない。
携帯電話はまるでダンベルだった。
親友であれ、苦手な人であれ、
意思の疎通には今より一手間か
二手間、余計にかかった気がする。
不器用なティーンには音楽が気持ちを
通わすツールでもあったろう。
追悼式でもギターを鳴らすファンの
周りに輪ができていた。
◆今、若者は一日中、お守りのように
スマホを握りしめる。
好みの情報には心地よく浸り、
そのほかは反発する以前に
素通りだ。
[これからは何が俺を縛りつけるだろう]
尾崎豊さんは歌で絶叫した。
技術は図らずも
若者と周囲の対決色を
薄めたかもしれない。
しかし、次代を創る気概まで
あせていないことは切に祈りたい。
【日経/春秋】
ミュージシャンの尾崎豊さん
急死の報が流れたのは土曜日の午後
だった。ひよっこ記者として、
東京都足立区の警視庁千住警察署に
駆けつけた記憶は今も鮮明である。
副署長の席の前に陣取って、
刻々と入ってくる情報に耳を澄まし
メモをとった。
◆[15の夜]
[I LOVE YOU]などの曲で若者の教祖と
仰がれながら、26歳で迎えた衝撃の
終幕だった。
30日にあった追悼式の
参列者は雨中に3万7000人を超えている
学校や社会での閉塞感をストレートに
代弁し、時に甘美な旋律に包んだ。
音楽が青春のさまざまな苦悩に
寄り添った時代だったといえようか。
◆顧みれば当時、インターネットや
メールは普及していない。
携帯電話はまるでダンベルだった。
親友であれ、苦手な人であれ、
意思の疎通には今より一手間か
二手間、余計にかかった気がする。
不器用なティーンには音楽が気持ちを
通わすツールでもあったろう。
追悼式でもギターを鳴らすファンの
周りに輪ができていた。
◆今、若者は一日中、お守りのように
スマホを握りしめる。
好みの情報には心地よく浸り、
そのほかは反発する以前に
素通りだ。
[これからは何が俺を縛りつけるだろう]
尾崎豊さんは歌で絶叫した。
技術は図らずも
若者と周囲の対決色を
薄めたかもしれない。
しかし、次代を創る気概まで
あせていないことは切に祈りたい。
【日経/春秋】