改元へ官民始動

【日本経済新聞6.11】

天皇陛下の退位を実現する

特例法が成立し、政府内の

準備が本格化する。

中でも国民生活に様々な形で

影響するのが新元号の制定だ。

天皇一代につき1つの元号を定める

[一世一元]の制度を始めた明治以降、

退位による改元は初めて。

慶事、疫病、災害、改革など、

その時代の世相を映してきた元号。

改元を見据えた官民の動きが

慌ただしくなってきた。


新元号、248番目

日本の元号は645年の[大化]に始まり

1989年の[平成]まで247を数える。

飛鳥時代に一時断絶、

南北朝時代などで2つの元号が

併存した時期もある。

最も長く続いたのは64年の[昭和]。

近世以前で最長は室町時代の[応永]で

35年。20年以上続いた元号は[平成]も

含め13例しかなく、ほとんどの元号は

数年で改元されている。

改元は天皇が即位したあとの

[代始改元]が基本だが、ほかにも

様々な理由で行われた。

飛鳥・奈良時代は、

めでたい出来事があった際の

[祥瑞改元]が頻繁だった。

平安以降は災害、干ばつ、疫病流行、

彗星の出現などによる[災異改元]が

多くなる。また、干支の辛酉と

甲子の年には大きな変革があるとの

考えから[革年改元]も行われるように

なる。語呂の悪さで改元した例もある

江戸時代の[明和9年]に

大災害や水害があり、

[迷惑年]と読めるため[安永]に

変えたといわれている。

元号に大変革があったのが

明治の改元。1人の天皇在位中は

1つの元号とする一世一元制と、

その元号を諡号とすることが決められた

[明治]の元号は複数案の中から

天皇がクジで決めた。

1889年の旧皇室典範で天皇が

即位後に元号を立て、

在世中は改めないことが初めて

法制化された。

戦後の新皇室典範では

元号の条文が削除され法的根拠が

なくなったが、1979年に元号法が

成立。戦前、元号は天皇が決定する

建前だったが、内閣が政令で定める

ことになった。

[元号は政令で定める]

[元号は皇位の継承があった場合に限り

改める]

元号法はこれだけを規定し、

同じ年に閣議報告した要領に

具体的な手続きを定めた。

昭和から平成への改元時に一部修正した

要領は

①国民の理想としてふさわしいような

良い意味を持つ

②漢字2文字

③書きやすい

④読みやすい

⑤元号またはおくり名として用いられて

いない

⑥俗用されていないーの

6条件を示した。

歴代の政権は中国や日本の古典、

歴史に詳しい有識者に

新元号案の選定を委嘱。

考案者が死去すれば、

別の有識者に依頼して常に

複数の案をストックしておく

作業を繰り返してきた。

政府は今回、

改元の数ヶ月前に新元号を公表し、

周知期間を設ける方針だ。

昭和天皇の死去から新元号の発表まで

8時間だった89年1月の平成改元時は、

カレンダーや手帳、官民のシステム

などで準備が整わないなどの影響が出た

[改元スケジュールを早く知りたい]。

全国カレンダー出版協同組合連合会の

関係者は気をもむ。

加盟する多くの企業は中小規模で、

元号や天皇誕生日の表記を

間違って刷り直しとなれば

業績に大きく響く。

国会に出向いて今後の見通しを

尋ねて回っているという。


各銀行、マイナンバー、

各システム、

貨幣製造の作業など

更新準備を急がなければならない。