[こんな日曜日が待ち遠しい。
NIKKEI
The STYLE]より
能はレクイエム、そして未来への祝福
【観世清和】
東日本大震災から6年がたちました。
地震の発生当時、私は
公演のリハーサルのために
国立能楽堂に向かう車の中でした。
電線がいつになくたわんで
揺れていたのを覚えています。
ご家族を亡くされた方、
今なお故郷に帰れず仮説住宅で
お住まいの方々が多くいらっしゃる
ことに思いをはせると哀惜の念に
堪えません。震災後、
4回6公演の義援能を催し、
ささやかながら入場料収入を
被災地へ寄付させていただきました。
能楽師が義援能を開催することは
能の歴史を考えますと当然のことと
捉えています。
能は鎮魂と深く関係しております。
古より戦乱や自然災害で倒壊した
神社仏閣を建て直すための
浄財集めが目的の勧進の役割を
担ってきたからです。
中世の時代には合戦や疫病の
流行で多くの方が亡くなりました。
人々が貧しいお財布から寄進をしたのは
成仏できずにさまよっているかも
しれない愛する肉親や兄弟、妻子の
供養に他なりません。
だからこそ人々は進んで勧進の場に
赴きました。その願いに応えるために
能楽師は舞ったのです。
能の多くの題材に幽霊が登場するのは
中世の宗教観と
勧進とが切っても切れないからであり
能がレクイエムだからなのです。
このように申し上げると
少々暗く聞こえるかもしれませんが、
能には未来への祝福という意味も
あると考えております。
例えば修羅道に落ちた人の曲を
勤めるとしましょう。
能を舞うことはその人を修羅道から
引き上げ、短い人生の中で、
最も輝いた瞬間を舞台上に出現させる
ことになります。この様な演目を作った
世阿弥の優しい大和心を映している
ような気がします。
とはいえ観阿弥や世阿弥が作った演目は
700年も前のものです。
私どもは古い書物通りに
演じるのではなく、
現代に生きる能楽師として
時代の流れや空気を現代人の
感性で感じとらなければなりません。
スマホなどでは伝わらない大和心を
お伝えできるよう心がけています。
【かんぜ きよかず】
1959年生まれ。
室町時代に観阿弥、世阿弥が興した
能楽の最大流派、
観世流の26世宗家。
1990年に宗家を継承、
国内外で活躍する。
2013年芸術選奨文部科学大臣賞受賞、
2015年紫綬褒章受章
NIKKEI
The STYLE]より
能はレクイエム、そして未来への祝福
【観世清和】
東日本大震災から6年がたちました。
地震の発生当時、私は
公演のリハーサルのために
国立能楽堂に向かう車の中でした。
電線がいつになくたわんで
揺れていたのを覚えています。
ご家族を亡くされた方、
今なお故郷に帰れず仮説住宅で
お住まいの方々が多くいらっしゃる
ことに思いをはせると哀惜の念に
堪えません。震災後、
4回6公演の義援能を催し、
ささやかながら入場料収入を
被災地へ寄付させていただきました。
能楽師が義援能を開催することは
能の歴史を考えますと当然のことと
捉えています。
能は鎮魂と深く関係しております。
古より戦乱や自然災害で倒壊した
神社仏閣を建て直すための
浄財集めが目的の勧進の役割を
担ってきたからです。
中世の時代には合戦や疫病の
流行で多くの方が亡くなりました。
人々が貧しいお財布から寄進をしたのは
成仏できずにさまよっているかも
しれない愛する肉親や兄弟、妻子の
供養に他なりません。
だからこそ人々は進んで勧進の場に
赴きました。その願いに応えるために
能楽師は舞ったのです。
能の多くの題材に幽霊が登場するのは
中世の宗教観と
勧進とが切っても切れないからであり
能がレクイエムだからなのです。
このように申し上げると
少々暗く聞こえるかもしれませんが、
能には未来への祝福という意味も
あると考えております。
例えば修羅道に落ちた人の曲を
勤めるとしましょう。
能を舞うことはその人を修羅道から
引き上げ、短い人生の中で、
最も輝いた瞬間を舞台上に出現させる
ことになります。この様な演目を作った
世阿弥の優しい大和心を映している
ような気がします。
とはいえ観阿弥や世阿弥が作った演目は
700年も前のものです。
私どもは古い書物通りに
演じるのではなく、
現代に生きる能楽師として
時代の流れや空気を現代人の
感性で感じとらなければなりません。
スマホなどでは伝わらない大和心を
お伝えできるよう心がけています。
【かんぜ きよかず】
1959年生まれ。
室町時代に観阿弥、世阿弥が興した
能楽の最大流派、
観世流の26世宗家。
1990年に宗家を継承、
国内外で活躍する。
2013年芸術選奨文部科学大臣賞受賞、
2015年紫綬褒章受章