◇空襲で焼け野原になった

終戦直後の東京。

ほどなく子どもたちの

笑い声が戻った場所のひとつが、

百貨店の屋上だった。

評論家の川本三郎さんが

随筆集[東京おもひで草]に、

そう記している。

戦前から戦後しばらく

珍しい遊戯具が並ぶ屋上は

最先端の遊園地だった。

[日本経済新聞3.13/春秋]

◆豆汽車、飛行塔、メリーゴーランド

という三種の神器のほか、

動物園や

ロープウェーを設けた店もあった。

大食堂には定番のお子様ランチもある。

[この時代、子どもがデパートの

主役になっていた]と川本さんは振り返る

盛り場の主が大人の男だった頃、

子どもとその母親や祖母の関心を

引き付ける斬新な策だった。

◆百貨店からテーマパークや

ショッピングモールへと、

家族で丸1日過ごせる場が移って久しい

百貨店業界の売上高は

最盛期の9兆円台から5兆円台に縮んだ

店の数だけでなく扱うモノの

幅も減り、屋上に遊具を備えた店も

見かけない。百貨店という店の

あり方が時代と合わなくなったのか。

寂しく思う向きも多かろう。

◆勢いのある低価格店にフロアごと

貸したり、高齢客に特化したり。

各社各様の試みがある中で、

最先端という百貨店の原点に戻り、

流行を先取りしたファッションで

一段の成長を図ったのが

集客数世界一を誇る伊勢丹新宿店だった

その旗振り役だった社長が

業績不振で退く。

逆風下でビジネスの舵を取る

難しさを感じる。