林義郎元蔵相 死去 89歳
元自民党衆院議員で
厚生労働相や蔵相などを
歴任した林義郎氏が
3日午後8時、多臓器不全のため
東京都内で死去した。
89歳だった。
自宅は山口県下関市貴船町4の7の1
告別式は5日午前11時から
東京・築地本願寺第二伝道会館。
お別れの会を行うが
日取りなどは未定。
喪主は長男で衆院議員の芳正氏。
東京大法学部を卒業後、
旧通産省に入省。
政界に転じ、1969年に自民党から
旧山口1区に出馬し初当選。
2003年に引退するまで
連続11回当選した。
第1次中曽根康弘内閣で
厚生労働省として初入閣し、
宮沢喜一改造内閣で蔵相に就任した。
税制問題に通じ、自民党の
税制調査会長も務めた。
89年には自民党総裁に立候補したが
海部俊樹元首相に敗れた。
元自民党衆院議員で
厚生労働相や蔵相などを
歴任した林義郎氏が
3日午後8時、多臓器不全のため
東京都内で死去した。
89歳だった。
自宅は山口県下関市貴船町4の7の1
告別式は5日午前11時から
東京・築地本願寺第二伝道会館。
お別れの会を行うが
日取りなどは未定。
喪主は長男で衆院議員の芳正氏。
東京大法学部を卒業後、
旧通産省に入省。
政界に転じ、1969年に自民党から
旧山口1区に出馬し初当選。
2003年に引退するまで
連続11回当選した。
第1次中曽根康弘内閣で
厚生労働省として初入閣し、
宮沢喜一改造内閣で蔵相に就任した。
税制問題に通じ、自民党の
税制調査会長も務めた。
89年には自民党総裁に立候補したが
海部俊樹元首相に敗れた。