[活動する天皇]予見

三笠宮さま 終戦翌年の意見書

[能力と健康が必要]

10月27日に100歳で亡くなられた

三笠宮崇仁(たかひと)さまが

戦後間もないころ、

生前退位を認められない天皇は

[内閣の奴隷]だと

強い表現で批判した意見書が残されている

意見書では公務などで[活動する]現在の

象徴天皇のあり方を予見した言葉もあり

開明的だった三笠宮さまの考え方を表している。

[日経114]

この意見書は

[新憲法と皇室典範改正法案要綱(案)]

1946年11月3日の

日本国憲法公布の日付で

当時の枢密院

(明治憲法下で国務や皇室の

重要事案に関して審議する

天皇の諮問機関)に提出された

三笠宮さまは30歳だった。

この時期は政府が設置した

臨時法制調査会で審議された

新たな皇室典範の[要綱]が答申されており

意見書はこの内容を批判的に論じている。

三笠宮さまの提出した原本を枢密院の

書記官が筆写したものを現在、

大阪府公文書館が所蔵している。

わら半紙にガリ版刷りで

本文は22ページ。

[一、はしがき]

[二、皇室典範改正の基礎観念]

[三、皇位継承]

[四、立后]

[五、摂政]

[六、皇族]

[七、むすび]と章立てされている。

3章目では[皇位継承の承認]として

国民主権の新憲法下では

天皇は世襲で自動的に継承される

のではなく、皇室会議の儀を経て

[国民が即位を承認することが必要]と

述べられている。

そして[象徴]だからといって

どんな人物でも務まるとしたら

[日の丸の旗の方がよほどましである]

と指摘。

[国民の前に全くヴェールをかけて

現人神(あらひとがみ)として

九重の奥に深く鎮まり給う天皇]は

新しい時代には合わないとして

望ましい天皇像を次のように

説明されている。

[将来に予想される天皇は

性格、能力、健康、趣味、嗜好、

習癖ありとあらゆるものを

国民の前にさらけ出して批判の

対象にならねばならぬから

実際問題とすれば今まで以上に

能力と健康とを必要とする]

天皇陛下は8月8日の〔お言葉〕で、

象徴天皇は国民のために活動し

そのあり方について

天皇と国民相互が理解を深めることが

必要という考え方を述べられた。

[公務ができなくても、

存在していればいい]という

天皇像とは異なる。

天皇は

国民の期待に応えなければならず

そのために

[能力]と[健康]は必須という

三笠宮さまの見解は、

天皇陛下の象徴天皇観と

相通じるものがある。

(編集委員 井上亮)

意見書の全文を電子版

Web刊→紙面連動


[斂葬の儀]

亡くなられた三笠宮崇仁さまの本葬

が4日、皇室墓所の豊島岡墓地

(東京・文京)で営まれました。

喪主さまをはじめ

皇太子ご夫妻ら皇族方や

安倍晋三首相ら

三権の長、

ゆかりの人ら582人が参列されました

戦時中を陸軍将校として過ごされ

歴史学(古代オリエント史研究)

やダンスなど

幅広い分野で活躍され、

国民に親しまれた三笠宮さまと

最後のお別れをしました。