下河辺淳氏(92歳) 死去
元国土次官
[ミスター全総]
約40年間で5次にわたる
全国総合開発計画の作成に携わり
[ミスター全総]と呼ばれた
元国土事務次官の下河辺淳氏が
13日午前7時、老衰のため
東京都品川区の療養先で死去したことが
16日分かった。
告別式は本人の希望で行わない。
東京帝国大学を卒業後、
1947年に戦災復興院に入り、
戦災市街地の復興に従事。
その後、
経済企画庁総合開発局長や
国土事務次官を歴任し、
94~98年まで
国土審議会の会長を務めた。
[国土の均衡ある発展]を掲げ、
5次に及ぶ全国総合開発計画の作成に関与。
約1万4千キロの高速道路網や
地方の工業拠点整備を進める
新産業都市構想を打ち出した。
[日本経済新聞8月17日]
阪神大震災後の95~96年には
首相の諮問機関である
[阪神・淡路復興委員会]の委員長を務め
復興住宅の整備やがれき処理、
街づくりについての提言を
とりまとめた。
元国土次官
[ミスター全総]
約40年間で5次にわたる
全国総合開発計画の作成に携わり
[ミスター全総]と呼ばれた
元国土事務次官の下河辺淳氏が
13日午前7時、老衰のため
東京都品川区の療養先で死去したことが
16日分かった。
告別式は本人の希望で行わない。
東京帝国大学を卒業後、
1947年に戦災復興院に入り、
戦災市街地の復興に従事。
その後、
経済企画庁総合開発局長や
国土事務次官を歴任し、
94~98年まで
国土審議会の会長を務めた。
[国土の均衡ある発展]を掲げ、
5次に及ぶ全国総合開発計画の作成に関与。
約1万4千キロの高速道路網や
地方の工業拠点整備を進める
新産業都市構想を打ち出した。
[日本経済新聞8月17日]
阪神大震災後の95~96年には
首相の諮問機関である
[阪神・淡路復興委員会]の委員長を務め
復興住宅の整備やがれき処理、
街づくりについての提言を
とりまとめた。