[春秋]

『東京都は東の京都である』

いまでも京都の人の話に

よく出てくる説らしい。

維新後、江戸に置いた

『東の京』なので

的外れでもない。

でも、なんだか妙だ。

『千年の都』にとって、

新参者の首都・東京は

あくまで出先という

意識がかいま見えるから

かもしれない。

■明治の始め、日本の

首都は京都で、江戸は

第二の都だった。

歴史学者の佐々木克さんの

著書

『江戸が東京になった日』

によると、東西2都になる

可能性もあったらしい。

大久保利通が

大阪への首都移転を

提案したことで、

国中に衝撃が走る。

そこへ、江戸が名乗りを

あげ、3都市が競い合う。

結局、東への遷都が

固まりました。

■新政府は改革を急いで

いた。

古くて閉鎖的な京都を

脱し天皇親政の新体制を

作ろうとしていた。

そのため世界に通用する

立派な首都が必要だった。

明治元年7月17日、

何の前触れもなく

『江戸を東京にする』と

いう詔書を出した。

そして江戸は突然、

東京になった。

明治天皇が東京で

暮らすようになるのは

翌年3月からだ

■混乱の中での

なし崩し的な遷都だった。

新参者でも150年近く

役目を果たしてきた。

世界にも浸透した。

『千年の都』にひけを

とらないほどだ。

たびたび移転話が

浮上しても、

なかなか代わりが

見つからない。

だが、最近、トップが

冴えない。

不祥事などで

混迷が続く。

明治に学び、

急ごしらえでも

立派な顔を

選びたい。

[日本経済新聞7月17日]