『昭和名人伝』つづき

93年、大阪市内で開かれた

三代目桂南光の

襲名披露公演では

『猿後家』を口演。

南光の師匠である

桂枝雀や桂米朝以上に、

客席の爆笑をさらった。

南光の弟弟子・

桂文枝師匠は

枝雀が

『文枝師匠は、

ほんまに大きかったなあ』と

つぶやいていたのを

覚えている。

『落語という幹が

しっかりしていたら、

枝葉の部分では

何をやってもええ』

弟子の個性を尊重し

テレビのバラエティー番組

などでのタレント活動にも

理解があった。

一門からは、

当代桂文枝(72)や、

桂きん枝、桂文珍らを

輩出しました。

三枝時代から

250席以上の創作落語を

手掛けてきた当代文枝は

『古典では、絶対に

師匠にはかなわない。

それが創作への原動力に

なった』と明かす。

2012年に師匠の名跡を

継いでからは 

『上方落語を次世代に

継承し、文枝の名をさらに

大きくすることが

師匠への恩返し』との

思いがいっそう強まっている

『責任感が強く、

お客さん第一の姿勢を

貫いていました』と

語るのは妻・君枝さん(85)

肺癌で亡くなる2ヶ月前、

大阪・高津宮で開かれた

一門の落語会に入院先の

病院から医師、看護師に

付き添われて出演した。

両脇を抱えられ、やっと

歩けるほどの体力しかなく

声もかすれていたが

得意の『高津の富』を

語り始めると、次第に声が

弾んできた。

『祝い酒を』。

富くじに当たった主人公と

宿屋の亭主が歓喜するラスト

ハッピーエンドにふさわしい

とびきりの

笑顔を見せた。

[大阪文化部 中田敦之]