祖父と被爆者の間で
【戦後70年原爆投下】
トルーマンの孫
広島・長崎の証言紹介
【読売新聞8.6】←詳細は
『私は祖父を尊敬し、
愛しています。けれど
私には、彼の決断によって
傷つけられた友人たちも
います』
ニューヨーク市街の
ホールで4月末、
クリフトン・トルーマン・
ダニエルさん(58)が
現地の高校生らに
語りかけました
戦争と平和を考える行事で
約200人が集まっていました
祖父とは原爆投下を
決定した
トルーマン元米大統領
友人とは被爆者。
そしてこう続けた
『私はちょうどその
まん中に立っている』
2012年8月に広島、長崎を
初めて訪れたダニエルさんは
これまでに30人以上の
被爆者から
証言の聞き取りを
重ねてきました
『学生の頃、教科書には
きのこ雲の写真と死者の
数は載っていた。
けれど地上にいた人々に
何が起きたかのかを
知ることはなかった』
その地上の人たち、
被爆者の声を伝える
取り組みを米国内で
続けている
米国が
原爆開発を進める
『マンハッタン計画』に
着手したのは
1942年8月。
実験成功の知らせが
トルーマン大統領に
届いたのは
45年7月16日だった
その9日後、日本への
投下命令は下されました
圧倒的威力で、
長引く日本との
戦争を終結させ、
ソ連の勢力拡大も
抑える狙いがあったと
されます。
ダニエルさんは祖父から
原爆に関わる話を
聞いたことはなかったが
21年前、今の活動に
つながる一つの
出来事がありました
ノースカロライナ州で
地元紙記者として
働いていた時、
生け花を
実演する留学中の
日本人女子高校生を
取材しました
彼女の祖父はヒロシマで
殺されました
ダニエルさんは
原爆で家族を亡くした
日本人と初めて対面しました
責めの言葉を浴びせられると
感じて覚悟をしていたが
実際に
彼女が向けたのは
『笑顔』と
『有り難うございます』
という返答だったという
その数日前、
米国の退役軍人2人から
全く別の感謝の言葉を
伝えられた
『もし原爆が投下されて
おらず上陸戦が開始されたら
私は死んでいました』
投下した側と
投下された側
祖父の決断の理由と
それが広島と長崎に
もたらしたもの。
双方の側面を
知るべきだと感じ始めたのは
この頃からだったと
話します
これからの
ダニエルさん、
被爆者の姿に心をうたれた
『体験を語り続けていく為に
支援してほしい』と
お願いをされたことへの
孫としての使命
そうすれば
新たな核戦争が起きなくて
済むからと。
だから私はその物語を
伝え続けたい
【戦後70年原爆投下】
トルーマンの孫
広島・長崎の証言紹介
【読売新聞8.6】←詳細は
『私は祖父を尊敬し、
愛しています。けれど
私には、彼の決断によって
傷つけられた友人たちも
います』
ニューヨーク市街の
ホールで4月末、
クリフトン・トルーマン・
ダニエルさん(58)が
現地の高校生らに
語りかけました
戦争と平和を考える行事で
約200人が集まっていました
祖父とは原爆投下を
決定した
トルーマン元米大統領
友人とは被爆者。
そしてこう続けた
『私はちょうどその
まん中に立っている』
2012年8月に広島、長崎を
初めて訪れたダニエルさんは
これまでに30人以上の
被爆者から
証言の聞き取りを
重ねてきました
『学生の頃、教科書には
きのこ雲の写真と死者の
数は載っていた。
けれど地上にいた人々に
何が起きたかのかを
知ることはなかった』
その地上の人たち、
被爆者の声を伝える
取り組みを米国内で
続けている
米国が
原爆開発を進める
『マンハッタン計画』に
着手したのは
1942年8月。
実験成功の知らせが
トルーマン大統領に
届いたのは
45年7月16日だった
その9日後、日本への
投下命令は下されました
圧倒的威力で、
長引く日本との
戦争を終結させ、
ソ連の勢力拡大も
抑える狙いがあったと
されます。
ダニエルさんは祖父から
原爆に関わる話を
聞いたことはなかったが
21年前、今の活動に
つながる一つの
出来事がありました
ノースカロライナ州で
地元紙記者として
働いていた時、
生け花を
実演する留学中の
日本人女子高校生を
取材しました
彼女の祖父はヒロシマで
殺されました
ダニエルさんは
原爆で家族を亡くした
日本人と初めて対面しました
責めの言葉を浴びせられると
感じて覚悟をしていたが
実際に
彼女が向けたのは
『笑顔』と
『有り難うございます』
という返答だったという
その数日前、
米国の退役軍人2人から
全く別の感謝の言葉を
伝えられた
『もし原爆が投下されて
おらず上陸戦が開始されたら
私は死んでいました』
投下した側と
投下された側
祖父の決断の理由と
それが広島と長崎に
もたらしたもの。
双方の側面を
知るべきだと感じ始めたのは
この頃からだったと
話します
これからの
ダニエルさん、
被爆者の姿に心をうたれた
『体験を語り続けていく為に
支援してほしい』と
お願いをされたことへの
孫としての使命
そうすれば
新たな核戦争が起きなくて
済むからと。
だから私はその物語を
伝え続けたい