【編集手帳】より
当時16歳、落語家の
三遊亭円歌さんは
山手線の新大久保駅で
駅員をしていた
駅長の指示で、居合わせた
乗降客をホームに集めた
1945年(昭和20年)の
8月15日である
掃除用具を納める箱を
白い布で覆い、その上に
ラジオを置いた
放送がはじまった。
雑音がひどいのでラジオの
上部をポンポンたたくと
『かしこきあたりに
何をするか!』そばにいた
兵隊に張り倒されたという
著書『これが圓歌の道標』
(東京新聞出版局)で
回想している
その放送を聞いた人の多くが
雑音で聞き取りにくかった
ことを思い出として語る
原盤はさて、
どう聞こえるのか興味深い
昭和天皇が終戦を国民に
告げた玉音放送である
『録音盤』原盤の音声を
宮内庁が来月上旬、
映像や写真とともに初めて
公開するという
昭和天皇の朗読は
4分30秒に及ぶ
昭和の歴史が音を立てて
動いた時間である
昨今は
『"タマオト"って何?』
と尋ねる若い人もいると聞く
(蝉のこえ天皇の声
そのほかに何を聞きしか
終戦の日は)
(加古敬子)
原盤を聞きながら、
70年の歳月が隔てた世代の
川に会話の橋をかけるのも
いい
【読売新聞7月10日金】←
当時16歳、落語家の
三遊亭円歌さんは
山手線の新大久保駅で
駅員をしていた
駅長の指示で、居合わせた
乗降客をホームに集めた
1945年(昭和20年)の
8月15日である
掃除用具を納める箱を
白い布で覆い、その上に
ラジオを置いた
放送がはじまった。
雑音がひどいのでラジオの
上部をポンポンたたくと
『かしこきあたりに
何をするか!』そばにいた
兵隊に張り倒されたという
著書『これが圓歌の道標』
(東京新聞出版局)で
回想している
その放送を聞いた人の多くが
雑音で聞き取りにくかった
ことを思い出として語る
原盤はさて、
どう聞こえるのか興味深い
昭和天皇が終戦を国民に
告げた玉音放送である
『録音盤』原盤の音声を
宮内庁が来月上旬、
映像や写真とともに初めて
公開するという
昭和天皇の朗読は
4分30秒に及ぶ
昭和の歴史が音を立てて
動いた時間である
昨今は
『"タマオト"って何?』
と尋ねる若い人もいると聞く
(蝉のこえ天皇の声
そのほかに何を聞きしか
終戦の日は)
(加古敬子)
原盤を聞きながら、
70年の歳月が隔てた世代の
川に会話の橋をかけるのも
いい
【読売新聞7月10日金】←