有史以前のパラオについては

未解明の状態

国内に多く残る遺跡などを

研究した結果

約4000年前から人が

住んでいたとされます

☆スペインの植民地

16世紀頃から

海運の進歩の結果

ミクロネシア諸島にも

ヨーロッパ人が

訪れるようになり、

スペイン人が初めて渡来し

次いでポルトガル人、

イギリス人がやってきました

パラオも1885年に

スペインの植民地下に入りました

これらのヨーロッパ人により

天然痘が持ち込まれ

パラオの人口は

90%程度減少したとされる

☆ドイツの植民地

1899年に国力衰退の一途を

辿っていたスペインは

パラオもこれに含まれ以降

ドイツ植民地となりました

しかし、他のドイツの植民地と

同様にインフラストラクチャーの

整備や現地人への教育は

ほとんど行われなかった

1914年に

第1次世界大戦開始

イギリスやアメリカなど

同じ連合国の1国であり

ドイツに対して宣戦を布告した

日本が海軍を派遣し

ドイツ守備隊を

降伏させてこれを占領しました

☆日本の委任統治

第1次世界大戦の戦後処理をする

パリ講和会議によって

パラオはドイツの

植民地支配を脱し

日本の委任統治領になりました

コロールには

南洋庁及び南洋庁西部支庁

(パラオ支庁)が置かれ

パラオは周辺諸島における

植民地統治の中核的な島となり

多くの日本人が移住し

パラオ支庁管内の

住民の4人に3人は

日本人となりました

日本の統治が

始まってからは

ドイツの統治下では

ほとんど進んでいなかった

学校や病院、道路など

各種インフラストラクチャーの

整備も重点的に

行われました

【wikipedia参考】