私の携帯の写真が?

今は

法要・墓石・通夜・葬式

死んだ犬・死んだ親父

とにかく

さっぱりな『写真』ばっかり

子供と?楽しそうに

ディズニーランドへ行った

『写真』が有るわけでも無いから

エエ加減に

ウンザリなblogやけどね(笑)

『葬儀屋』さんに

『墓石屋』さんに

『仏壇・仏具屋』さんに

『霊園』に

先祖代々は

『墓』が有るわけやけどね

父が次男やからさ

何でもかんでも初めてな事が

多いんだわさ

『墓石』も、色んな国の

『石』が有るんだよなぁ

最近は、色んな墓のdesignも

有るから驚いたねぇ

だいたい、

日本の墓地は

同じ様な『墓』が多い

当然だよな

何にでも『昨日』『今日』

出来上がった訳じゃない

『歴史』が有るから

『意味』が有るもんだ

当然、父も生きていたら

祖父達の墓みたいなのが

理想だっただろう

私は冗談で

(冗談言うのが日課?)

『米国の戦没者』みたいな

『墓石』ってどうよ♪なんて

弟と話をしていた

あくまでも

『冗談』だった。

洋画大好きみたいで

なんか『西洋への憧れ』が

色濃く残る人だったから。

戦中に池田市で産まれて

疎開して田舎の何も無い所で

子だくさんで暮らしてた人だし

TV や映画館で観る

向こう側は

『明るい希望』に輝いていたんだ

って思うんだよ。

その通り、日本は

radioから流れる『音楽』や

人との『助け合い』

家族の『絆』『心の支え』

歯を食い縛って

前進してきはったからこそ

『復興』を果たし

這い上がってきた訳だから

『墓石』から

随分、話が反れましたな(笑)

『墓石』観てて 

思い返してみてあげて欲しいな

『生きていた頃の故人』

死んでしまったら『終わり』だよ

確かに『死人に口無し』だからな

でも

何度も言うように

どんな奴にでも

『小さかろうが』

『大きかろうが』

『短かろうが』

『長かろうが』

一人の誰でも無い

一人の

その人間だけが

生きてきた人生は

有る訳だからさ

『似ててもいない』

『誰の変わりでもねぇ』

『一人にひとつ』

『個人の尊重』するって

そう言うことじゃ無いの?