本当に

「人間」って奴は・・・

葬儀を無事終えるまでに

何度も何度も?醜態を晒し、

でも「反省する間」も無く

今日の日を迎えました

「火を絶やさずに」が、

「火を絶やした」

自宅から、寺に移動した際に

又父の「居場所」が出来たので

「魂」とやらが現存するならば

絶対に家からは動いていないはずだ

少し仮眠を取るはずが

ガッチリ寝た

なんか、子供の頃に川の字で

寝た日みたいな

変な安堵感が有った

多分、私が勝手に思う

「理想像」は

簡単に、この日を迎えたが

時間が過ぎ、

私が最も大嫌いな

あの場所へ行かなければならない

「火葬場」だ

何回行っても

「残酷」な場所で、大嫌いだ

犬を見送った去年、

「火葬」という事に疑問を持つ

いや、「火葬制度」に文句を

言ってるんじゃない。

「お別れに」顔を見て

「嗚呼~綺麗なお顔をしています」

何て言ってるのに腸が煮えくりかえる

訳である

「死んだ顔だ」

どうみたって家族には一番に

見たくない顔だろう。

「綺麗な顔」なんてもんじゃない

私は、最期のお別れをして

その後、大騒ぎした

「焼却炉」に入れるまでに

時間を稼いだ

ハイヤーの中で住職と話をしたが

やはり「故人」や「残された者」に

配慮をしてくれている

忙しい現代人には

無駄な時間なのか??

忙しい日常生活の中で

あわてふためいた数日で有ったが

クソ呆気なくこの日を迎えるのだ

ただ、故人が

生きていたら?

なんて言うだろうな

「笑ってる」んだろうか・・・

こうやって

「公益社」さんの親切な進行で

時間もたっぷり有ったので

無事、終える事が出来ました

それだけじゃない

周囲の「人間性」や「人間関係」、

「人間模様」まで

映し出される

誰にでも、誰もが迎える

「最期の大舞台」

主役はあくまでも「存在感」を放ち、

そして「引き際」が

素晴らしい。

周囲はあくまでも

「脇役」だ

ただ、どんな人にも言える事は

「死んだら終いや」と

言う事でした(笑)

「生きている」と言う事に

感謝を忘れずに・・・

人は一人で生まれて、

一人で死んで行くと言われる

のは、

「焼却炉」に突っ込んでしまう

あの時間だけで

人間は、沢山の人と関わりながら

生きているし

生きて行かなければならないと

改めて勉強も出来る

「大切な時間」でもあるんだと

実感しました。

人生の中の大切な時間を

Father の為に

手を合わせて頂いた

あの時間、

何もかも

「無」になり

故人を思い思いで偲んで頂けた事を

本当に心から感謝し

父なら、皆に「気を付けや」と

心配してくれている事と思います

(Father 関係者一同)