【俳優・宝田明氏】
「終戦当時、私は11歳で国民学校5年生。
父が満鉄の技師だったので、ハルビンの満鉄の
社宅に住んでいました。
1945年8月18日、ソ連軍は武装解除され
市内は無政府状態に陥りました。
我が家にも夕食時、ソ連兵2人が土足で
押し入ってきて、電熱器などを持って行った
銃を突きつけられ、息もできなかった。
既に何軒も略奪してきたあととみえ、
腕にいくつも腕時計をつけていました
女性たちは頭を丸坊主にして、買い物は
昼間に集団で行っていたが、
ある日、一人で買い物に出た近所の奥さんが
ソ連兵に捕まり、社宅の裏に連れ込まれるのを
目撃しました
父と中学生の兄と私が、
ソ連軍の強制使役で石炭の積み込み作業を
していた時、北へ向かう貨車に日本兵が
乗せられていました。
関東軍に召集されていた上の兄2人がいるかも
しれない、と見に行くと、突然、ソ連兵に
腹を撃たれました。
病院は閉鎖されており、2日たつと傷口が
腐ってきました
元軍医だったという人が裁ち鋏を焼いて
麻酔もなしに腹を切り
銃弾を取り出してくれました
当時ソ連兵から受けた仕打ちは
今も大きな心の傷になっていて
ロシアのどんな名画を見ても、
心から感動することはできない」
【読売新聞4/12銃を突きつけられ略奪:証言】
「終戦当時、私は11歳で国民学校5年生。
父が満鉄の技師だったので、ハルビンの満鉄の
社宅に住んでいました。
1945年8月18日、ソ連軍は武装解除され
市内は無政府状態に陥りました。
我が家にも夕食時、ソ連兵2人が土足で
押し入ってきて、電熱器などを持って行った
銃を突きつけられ、息もできなかった。
既に何軒も略奪してきたあととみえ、
腕にいくつも腕時計をつけていました
女性たちは頭を丸坊主にして、買い物は
昼間に集団で行っていたが、
ある日、一人で買い物に出た近所の奥さんが
ソ連兵に捕まり、社宅の裏に連れ込まれるのを
目撃しました
父と中学生の兄と私が、
ソ連軍の強制使役で石炭の積み込み作業を
していた時、北へ向かう貨車に日本兵が
乗せられていました。
関東軍に召集されていた上の兄2人がいるかも
しれない、と見に行くと、突然、ソ連兵に
腹を撃たれました。
病院は閉鎖されており、2日たつと傷口が
腐ってきました
元軍医だったという人が裁ち鋏を焼いて
麻酔もなしに腹を切り
銃弾を取り出してくれました
当時ソ連兵から受けた仕打ちは
今も大きな心の傷になっていて
ロシアのどんな名画を見ても、
心から感動することはできない」
【読売新聞4/12銃を突きつけられ略奪:証言】