一病息災
エベレスト再登頂成功の翌2009年
札幌のスキー場で滑降中に転倒し、
骨盤、大腿骨、助骨を折った。
全治6ヶ月
76歳での大怪我で、寝たきりになることも
予想されました。
「それでも、夢を諦める気はなかった。
治ると信じていましたから」
重い荷物を背負って歩いたおかげで
筋肉も付き、骨密度は20歳代の水準にまで
上がっていたので、折れた骨が付くのが
早かった。本番の前年の12年秋、
予備遠征中のヒマラヤ5300mで
また不整脈発作が起きた。
直ちに帰国し、
2度のカテーテルアブレーション手術を受けた
不整脈が出なくなったのは、
本番出発のわずかな2ヶ月前だった。
13年3月末にネパール入りした三浦隊は、
ゆっくりと進みました。
通常1日の行程に2日かけ、
移動は原則午前中だけ。
80歳らしい
「年寄り半日仕事」だ。
無理をせずに体を慣らしていきました。
紅一点の心臓専門医も加わりました。
ベースキャンプ(5350m)で
右目がよく見えなくなりました。
白内障で、帰国して手術するまで、
左目だけが便りだった。
8000m以上の酸素濃度が
地上の3分の1の
「デスゾーン」(死の領域)
登頂前日の朝と夕、
わざわざ茶器でお茶会を開いて、
心を落ち着かせました。」
夕食は手巻き寿司
極限の地でも、日本人の流儀を
貫いていました
【読売新聞 冒険家 三浦雄一郎さん 81歳】
エベレスト再登頂成功の翌2009年
札幌のスキー場で滑降中に転倒し、
骨盤、大腿骨、助骨を折った。
全治6ヶ月
76歳での大怪我で、寝たきりになることも
予想されました。
「それでも、夢を諦める気はなかった。
治ると信じていましたから」
重い荷物を背負って歩いたおかげで
筋肉も付き、骨密度は20歳代の水準にまで
上がっていたので、折れた骨が付くのが
早かった。本番の前年の12年秋、
予備遠征中のヒマラヤ5300mで
また不整脈発作が起きた。
直ちに帰国し、
2度のカテーテルアブレーション手術を受けた
不整脈が出なくなったのは、
本番出発のわずかな2ヶ月前だった。
13年3月末にネパール入りした三浦隊は、
ゆっくりと進みました。
通常1日の行程に2日かけ、
移動は原則午前中だけ。
80歳らしい
「年寄り半日仕事」だ。
無理をせずに体を慣らしていきました。
紅一点の心臓専門医も加わりました。
ベースキャンプ(5350m)で
右目がよく見えなくなりました。
白内障で、帰国して手術するまで、
左目だけが便りだった。
8000m以上の酸素濃度が
地上の3分の1の
「デスゾーン」(死の領域)
登頂前日の朝と夕、
わざわざ茶器でお茶会を開いて、
心を落ち着かせました。」
夕食は手巻き寿司
極限の地でも、日本人の流儀を
貫いていました
【読売新聞 冒険家 三浦雄一郎さん 81歳】