木之本小学校
「教えの松」復活へ
児童見守り100年 枯れて伐採
卒業生ら「3月には植樹」
明治時代の創立当初からあった長浜市木之本町の
市立木之本小学校の松の木2本が2012年に枯れて
伐採され、教職員やOBらが新たな松を植えるための
寄付金を募っています。
児童の成長を見守ってきた同校のシンボルだっただけに、
3月の卒業式に間に合うように植樹し、児童の記憶に
とどめたいという。
同校は1911年(明治44年)の創立。
同校には当時の佇まいを伝える写真が何枚か残っていて、
校舎の前に2本の木が確認できます。
また現在、校舎前に立つヒイラギの木1本も
創立の頃から2本の松と共にありました。
これら3本の木は学校のシンボルといえる存在で、
67年 (昭和42年)に運動場拡張などで本館を改築した際も、
3本はともに移し替えられ、大切に守られてきました。
かつての卒業写真はこの3本をバックに撮影するのが恒例とされ、
校訓の「強く生いたて、なさけもて、よくつとめよ」は3本の立ち姿に
なぞらえ「三樹の教え」とも称されました。
しかし2012年、本館の耐震化工事を行った際、
松の木の樹勢が衰えていることが判明しました。
記録的な猛暑に加え、害虫などが原因という。
「いつ倒れてもおかしくない」と判断され、
同年夏に2本とも伐採しました。結局ヒイラギのみが
残りました。松の伐採直後から、地元住民やPTA中心に、
新たな松の植樹を願う声が高まりました。
同校や学校運営競技会の保護者らが中心となり、
13年11月に
「三樹復活事業実行委員会」を設立。
住民やOBらの力で新たに地域のシンボルにしようと、
市教育委員会の予算ではなく、費用の全額を募金で賄うことを
決めました。
苗木の購入や植裁費用、植樹後約10年の維持管理費などを
含め、300万円が必要で、実行委員は自治会ごとに各戸に
呼びかけたり、同校OBや元職員ら向けに手紙を送ったりしているという。
卒業式の3月19日に行われる6年生の記念撮影に間に合うよう、
3月上旬頃までに植樹したいという。
お問い合せは(0749-82-2354)へ
「教えの松」復活へ
児童見守り100年 枯れて伐採
卒業生ら「3月には植樹」
明治時代の創立当初からあった長浜市木之本町の
市立木之本小学校の松の木2本が2012年に枯れて
伐採され、教職員やOBらが新たな松を植えるための
寄付金を募っています。
児童の成長を見守ってきた同校のシンボルだっただけに、
3月の卒業式に間に合うように植樹し、児童の記憶に
とどめたいという。
同校は1911年(明治44年)の創立。
同校には当時の佇まいを伝える写真が何枚か残っていて、
校舎の前に2本の木が確認できます。
また現在、校舎前に立つヒイラギの木1本も
創立の頃から2本の松と共にありました。
これら3本の木は学校のシンボルといえる存在で、
67年 (昭和42年)に運動場拡張などで本館を改築した際も、
3本はともに移し替えられ、大切に守られてきました。
かつての卒業写真はこの3本をバックに撮影するのが恒例とされ、
校訓の「強く生いたて、なさけもて、よくつとめよ」は3本の立ち姿に
なぞらえ「三樹の教え」とも称されました。
しかし2012年、本館の耐震化工事を行った際、
松の木の樹勢が衰えていることが判明しました。
記録的な猛暑に加え、害虫などが原因という。
「いつ倒れてもおかしくない」と判断され、
同年夏に2本とも伐採しました。結局ヒイラギのみが
残りました。松の伐採直後から、地元住民やPTA中心に、
新たな松の植樹を願う声が高まりました。
同校や学校運営競技会の保護者らが中心となり、
13年11月に
「三樹復活事業実行委員会」を設立。
住民やOBらの力で新たに地域のシンボルにしようと、
市教育委員会の予算ではなく、費用の全額を募金で賄うことを
決めました。
苗木の購入や植裁費用、植樹後約10年の維持管理費などを
含め、300万円が必要で、実行委員は自治会ごとに各戸に
呼びかけたり、同校OBや元職員ら向けに手紙を送ったりしているという。
卒業式の3月19日に行われる6年生の記念撮影に間に合うよう、
3月上旬頃までに植樹したいという。
お問い合せは(0749-82-2354)へ