海上自衛隊舞鶴地方総監督部広報係
植村 裕一朗さん(45)が語る
海軍記念館 -京都府舞鶴市-
来年で50周年を迎える海軍記念館は、
旧海軍の歴史を後世に伝え、
隊員の教育にも生かそうと、
1964年に京都府舞鶴市の海上自衛隊舞鶴地方総監督部に
ある大講堂(旧海軍機関学校大講堂)内に開設されました。
記念品や史料など約200点を展示し、
年間約1万人が訪れています。
記念館の入口には、東郷平八郎元師の胸像(高さ約65cm)が
展示されています。東郷元師は01年 (明治34年)、
舞鶴に置かれた海軍鎮守府の初代司令長官となったことでも
知られています。この胸像は、いつ誰が作ったか分かりませんが、
戦後18年を経た63年、パトロール中の警察官によって
西舞鶴港の埠頭の土中から偶然発見されました。
終戦後、進駐軍の目にとまらないよう地中に隠されたと
みられます。これが総監部に寄贈されたのを機に、
旧海軍関係者らから史料などの
寄贈や展示依頼が相次ぎ、記念館の開設に至ったのです。
展示室は、日本の近代海軍の基礎が築かれた幕末から
第一次世界大戦までと、1920年代の軍縮期から第2次世界大戦
終結までの2期に分かれています。
第1展示室には、幕末に海防の重要性を訴え、
日本海軍の生みの親とも言える勝海舟らを
紹介しています。
東郷元師ゆかりの品々も揃っており、
舞鶴で過ごした当時の所得税台帳(舞鶴税務署寄贈)では
03年(明治36年)の元師の年収が8300円(現在5000万円に相当)で、
所得税が166円だったという記録が残っています。
日本海海戦でロシアのバルチック艦隊をやぶった際、
連合艦隊司令長官として指揮した旗艦「三笠」で使用した
砂糖壺なども並んでいます。
約半世紀にわたって日本海に臨む唯一の軍港として
変遷を重ね、現在も有数の港として発展を続ける
舞鶴。
記念館でその歴史を感じてもらいたいですね。