巨勢氏一族の墓?


奈良県高取町市尾で、


7世紀前半の古墳が見つかったと


同町教育委員会が明らかにしました。


直径約24mの円墳で、横穴式石室の一部も


出土しました。一帯は飛鳥時代、蘇我氏らと並ぶ


権勢を誇り、大化改新で活躍した大豪族・巨勢氏の


本拠地とされており、町教委は被葬者が一族の有力者だった


可能性が高いとみています。


町内の遺跡の


分布調査で発見し、2月から発掘。


「市尾天満古墳」と命名しました。墳丘は中世の盗掘と、


江戸時代まで墓に転用されていた影響を受けているが、


基底部と石室に出入りする通路(幅1.5m、奥行き4~5m)を確認。


内部から出土した須恵器のかめから築造時期を特定しました。


墳丘の北側背面は幅40~50m、高さ5mにわたって


大規模に造成。


墳丘は一部が壊されており、直径は一回り大きい約30mだった


可能性があるとみています。


一帯は、大化改新後に左大臣となた巨勢徳太(593~658)ら巨勢氏の


本拠地とされており、担当者は


「立地や規模からみて、被葬者は、徳太に連なる重要人物ではないか」と


しています。現場は埋め戻されており現地説明会はない。


和田あつむ・京都教育大学名誉教授(古代史)の話


「一帯は後に藤原京(694~710)の造営で国家的な


瓦の生産を行った地域。少なくとも7世紀前半には


有力な豪族が経済的、技術的な基盤を築いていたことが


うかがえます。」