サッカーW杯の魅力
論点スペシャル
(1)Marcia Kazue Nishiie さん (讀賣新聞6月21日)
15日(日本時間16日未明)のコンフェデレーションズ杯、
ブラジルー日本戦はテレビで観戦しました。
応援したのはボールを持っている方。
祖父母、両親が日本人で17歳まで
ブラジルで過ごした私は、サイコロのように
転がり、その時に出た目で日本人にもブラジル人にもなります。
DNAは日本でも、身体にはサンバのリズムが流れているんです。
ブラジルではサッカーは生活の一部。
男の子は、家の前や道路で、靴を履いている子も
はだしの子もみんなボールを蹴っている。
私の父はサンパウロFCというクラブのファンで、
観戦によく出かけていました。当時はスタジアムが
危ないということで、女子は観戦に行けませんでしたが、
家で流れていたテレビ中継の実況が独特のリズムで、
今も耳に残っています。私にとって誇らしいのは、
Jリーグができる前から、ラモス瑠偉さんはじめ、
ブラジル出身者がサッカー文化を日本に持ち込んでくださったこと。
ジーコさんというスーパースターも日本でプレーしました。
20年ほどの短期間に日本のサッカーが急成長したのは、
ブラジルとのつながりがあったからだと思います。
それでも、今の日本代表を見ていると、器用さや粘り強さなど
日本人の特長がよく出ていて、
ジャパニーズスタイル、ジャパニーズソウルを感じます。
そういう国民性が代表チームのプレーに表れるところが、
サッカーの面白さ。私の祖父母たち日本から移住した1世は
もう多くが亡くなっていますが、日本代表の試合を見たなら、
日本人らしさを感じて熱狂的に応援してくれるような気がします。
今、ブラジルは経済成長を続けていて、
現地の友達と連絡をとってみると
国として自信をつけつつあることが分かります。
一つのドアが開きつつあると言えばいいのか。
日本のサーポーターのみなさんも、
W杯で訪れてみると、テンションの高さを実感してもらえるのでは。
それから、ブラジルの土の匂いと空の色は是非感じてもらいたい。
広い国なので、移動は大変ですけれど。
私は祖父母が後にしてきた日本に渡り、
歌を歌い続けてきました。
デビュー25年目を迎えるにあたって、
今年7月、出身地に近いサンパウロで公演を行います。
ラモスさんやジーコさんがブラジルのサッカーを
日本にお伝えになったように、
私は歌を通じて、日本の今をブラジルに届けたい。
ブラジル杯への日本の出場が決まり、ブラジル人も、
日本代表を大歓迎するでしょう。
日本国内にも、日系ブラジル人の方が
たくさんいっらしゃいます。W杯や、2016年のリオデジャネイロが
つながりを深める良い機会。私も、日本とブラジルの懸け橋に
なるために、何ができるかを考えています。
ブラジルで生まれ育った私が日本に来た意味を求めて、
新しい旅を始めるつもりです。
【マルシア】
ブラジル・サンパウロ州モジダスクルゼス市出身の
日系3世。1989年「ふりむけばヨコハマ」でデビュー。
テレビ・ミュージカルなど舞台にも出演多数。44歳