東大寺・大仏殿


(奈良市雑司町)


[探訪 古き仏たち]


-盗難・酸性雨被害 乗り越える-


音声菩薩


大仏殿境内の石畳に天平の金属工芸を代表する


金銅八角灯籠が立つ。


その火袋8面のうち1面おきに4枚の羽目板に、


古代楽器を演奏する音声菩薩の


レリーフ立像が鋳造されている。火袋には横笛菩薩のほか、


西北面に尺八、東北面に銅ばつ子(シンバル様打楽器)、


東南面にしょう(竹管楽器)の奏楽菩薩を1体ずつ配している。


火袋の他の東西南北4面は観音開きの銅造扉。


各面に雲間を泳ぐように駆け下る獅子4頭が浮き彫りにされている。


羽目板の各菩薩は片足ずつの踏み割り蓮華座に立ち、


動感豊かに体をひねって天衣を翻す。背景は透かし彫りの


宝相華唐草や菱格子。そこから明かりが漏れ出る仕組みだ。


菩薩は天平仏らしい張りのある姿を見せ、日差しを浴びると


レリーフとは思えない立体感を現わす。


顔や手足は肉付き豊かで、演奏する指さばきも流麗で力強い。


制作年代は、裏付け史料などがあって東大寺の本尊・大仏の


開眼ごろと推定できる。


造像の意匠や技法は同寺の国宝銅造誕生釈迦仏に近い。


羽目板は東南と東北の2面が後世の新造だ。


とくに銅ばつ子の東北面には、盗難という裏面史まで


付録している。


事件が起きたのは1962年2月。


犯人は深夜に大仏殿境内へ忍び込み、バール状の道具で羽目板の


菱格子を壊して盗み出した。ところが、重すぎたのか、


番犬に吼えられてか、賊は盗品を大仏殿の塀内に放棄して逃げた。


羽目板はかなり手荒く壊されていたが、


幸い鍍金の残る菩薩像は無事で、


現在は東大寺ミュージアムに保管、展示されている。


灯籠には事件後すぐにプラスチック摸造が取り付けられ、


その後、銅製を復元して取り換えられた。


東南面も明治期までに大破して補修、昭和初期にしょうの菩薩を


新鋳した。これも今は新しい銅製に鋳直されている。


この灯籠の近年の危機は大気汚染がもたらした。


20世紀末に酸性雨を定点測定し、腐食を進める悪性青錆を発見、


5年がかりで解体防錆処理した。


極めて現代的な課題を抱えた屋外文化財でもある。


(フリー記者 岸根一正)


【素描・案内】


*灯籠全体が国宝


*8世紀中ごろの造立


*灯籠全高464センチ、羽目板縦約120、横50㎝


*現存最古の銅灯籠