月光菩薩


東大寺・ミュージアム 


[奈良には古き仏たち]より


東大寺法華堂には奈良時代の仏像が14体安置されていた。

本尊の不空けん索観音を含め9体が脱活乾漆造り、

日光菩薩、月光菩薩、秘仏の執金剛神像など5体が塑像で、

天平仏の宝庫と言われた。

法華堂は修理のため2011年から長期の拝観停止中だが、

東大寺ミュージアムが11年に開館したのを機に日光、

月光両像は同ミュージアムに移坐し、展示されている。

両像は法華堂では本尊の両脇に立っていた。

慈愛に満ちたまなざし、

柔らかで温かみが伝わってくるような合掌する手。

その優しさに癒された人は数知れない。

ミュージアムでは両像を間近に拝観できるのがよい。

月光菩薩の遠くを見つめる切れ長の目、形のよい唇、

ふっくらと肉付けされたほお

静かに思索にふけっているような穏やかな顔。

その完璧な造形には感嘆のほかない。

衣のひだがカーブを描いて両袖に集まる。

胸の合わせ目に付けられた菊花形の飾りや、

腰ひもを結んで長く垂らす、その結び目の端正な意匠。

こうした繊細さにも驚かされる。

両像には伝来の記録がない。日光、月光の尊名も古い史料になく、

江戸時代からの呼称だ。日光、月光は本来薬師如来の脇侍。

このため、乾漆像の9体が法華堂本来の像で、塑像の5体は

他の堂から移された客仏とする見方が学会のほぼ通説になっていた。

ところが、近年、法華堂や仏像の修理の際に行われた調査で、

研究が急進展した。日光、月光、執金剛神の3体に、

東大寺戒檀堂の四天王像を加えた塑像7体はワンセットで、

不空けん索観音の護法神だったとする見方が有力になった。

日光、月光両像は当初から法華堂にあり、

尊名は梵天、帝釈天だった可能性が高いと考えられている。


学問的な議論はどうであれ、日光、月光両像の仏像としての

気高さに変わりはない。尊名や安置場所を越えて今後も私たちの

心を癒し、高貴にしてくれるだろう


素描・案内 

*国宝

*像高206センチ

*制作は8世紀前半

*日光菩薩の一部に当初の彩色や文様が残る


なぞ多い来歴、研究に急進展


(沖真治 ASAHI)