こんにちは。
フネです。
メッセージより投稿リクエストをいただきました。
こんな胡散臭いブログへ
勇気を出して応募してくださり
その節はありがとうございました。
そんなあなたに幸福が降り注ぐように
心を込めて呪文を唱えて印を結び
高次元のエネルギー体と繋がり
大地の愛のパワーを得られる
素敵なプレゼントをご用意しましたので
どうぞお受け取りください。
なおこのスペシャルなギフトは
月額課金制となっておりますので
メールアドレスと
引き落とし先の金融機関情報を
以下のURLからご登録ください。
なお、解約には一定の条件があり
違約金が発生する場合がございます。
あらかじめご了承の上ご登録ください。
http://special-gift-nante-usodesu.com
はい、定例のご挨拶でした。
それでは
「借金でお金のブロックは外れるのか?」
を投稿します。
先にお断りしておきます。
いただきましたメッセージには
実際のポスト(投稿)が
添付されておりましたが
あちらさんも
お商売ですので
実名、URL、具体的な文章は
全て伏せた上で投稿させていただきます。
そもそもブロックって何よ
この方(お商売をされている方)が
属している一派は
とにかく徹底して銭ゲバだなと
前々から感じておりました。
それをどうこう言うつもりはありませんが
うたい文句ややり方はさすがに
人としてどうなのかと思うものがあります。
特に
「あなたにはお金のブロックがある」
と言う前提から話を進めるのは
ハッキリ言ってナンセンスすぎます。
リクエストをくださった方の
質問を簡単にまとめますと
「借金したらお金のブロックって外れるの?」
と言うものでした。
私がこの質問をいただいて
最初に感じたことは
「そもそもお金のブロックって何ですの?」
と言うものでした。
レゴ?
ホームセンターに売ってるレンガのこと?
Bloc Partyはめっちゃかっこよかったよね。
で、ブロックってなんなのよ。
そしてリクエストメールの最後は
「私は借金をするのは怖いです」
と結ばれていました。
そう、それが正常。
ごく普通の感覚。
全面的に正しい(と私は思う)
「お金のブロックがあるからお金を受け取れないんだ!」
「お金のブロックを外せば豊かさを受け取れる!」
と言う論調で
レッツゴーブロック解除と話が進むのですが
お金は天から降ってくるもんじゃない。
多分、これは小学生ならわかる理論だと思います。
もし降ってきたとしたら
現金輸送機か何かから落ちたか
どこかの誰かがビルの上から撒いたかでしょう。
ブロックを外せばお金が入ってくるという暴論
<お金のブロックを外す→お金が入ってくる>
この図式を見ておかしいと思わないの?
って普通だったら思いますよね。
風が吹けば桶屋が儲かるの方がよほど理論的です。
おかしいと思わないように感じさせてしまうのは、
この手をネタに食いつくひとが
そう思わないように
仕掛ける側が文脈を作っているからですよ。
どのビジネスでもそうですが
広告はかなりターゲットを絞って作ります。
ランディングページなんかもっとえげつないです。
検索対象が多い言語を大量に散りばめて
とにかく相手の思考力を
落とすことを目的に作ります。
情報商材屋はこの具体的なやり方を
セミナー屋やスピ屋に売ります。
セミナー屋やスピ屋は
基本的に『根のいいバカ』が多いので
それを真面目に実行します。
スピ顧客は基本チョロいのが多いので
どうしようもない商品でも
割と買ってくれます。めでたしめでたし。
これも含めてお商売の一形態なんで
それがいいとか悪いとか、ではないと思います。
ただ、どう考えても
スピ顧客は浮かばれないでしょ。
小学生だって違和感を覚える
しょーもない商品を
うまいこと騙されて買わされて
それだけだったら
まあ高い勉強代だわなで笑えるんですけど
ついでに金銭感覚までぶっ壊していく。
壊される方に責任がないかと言われた
そうも言えないけれど
ただそれはお商売としてはどうなのよ
と言うのが私の見解です。
この手のスピ屋は最後には必ず
消滅方向へとメが向かっていきます。
断言してもいい、
このやり方はあぶく銭ということが見切れず
だらだらとスピ畑にしがみついていれば
どんなに長くても数年で絶対に消えます。
お金のブロックを外す云々の
現実的なところは
お金のブロックを外すと
うちの商材買ってくれるし、セミナー出てくれる。
まず、ありえないけど、もしうまくいけば
お金が入ってくる
かもね!
こんなところでしょう。
借金したらブロックが外れるというのは
借金したら経済観念が壊れて
バンバンうちに金使ってくれる
これだけのことですよ。
金は天下の回りもの
お金というものは
雨や雪のようにある日突然ハラハラと
あなたの手元に
舞い降りるようなものではありません。
もしそうだと思っているのならば
あなたは相当なバカタレなので
小学校レベルの社会科から勉強し直してください。
広告クリックだけで日当2万円!
みたいな商売をしてたところが
つい最近、摘発されましたよね。
あれと一緒ですよ。
お金というものは横に流れていきます。
縦に流れるのではなく、横に流れます。
流れという概念がある以上
対流という要素が発生します。
むしろどちらかと言えば
お金がこの対流であり
労力や手間などの無形の何かを
形として表す代替品という認識の方が
適切なのではないかと思います。
自分勝手な理屈で
対価だけを受け取りましょうなんて
絶対無理なんですよ。
ブロックとかいうものを外したら
そのブロックとやらの外したぶんだけの
対価が手に入るだけなんですよ。
おそらくは、
経済観念が甘くなって
財布の紐が緩くなって
わけのわからない安心感と
子供向けのワクワクが一瞬発生して
すぐしぼんで
あとは借金が残ります。
それでいいと思うならば
ぜひ借金をしてブロックを外して見たらよろしい。
えっらい高いブロックだったな〜(笑)
で終われるならば
それもまた人生経験だと思うし
この体験を笑い話にできる器量があるならば
ギャクグッズとしては悪趣味ですが
それなりの醍醐味はあるでしょう。
もしあなたがそれでも
お金のブロックを外したいというのならば
私に直接ご連絡ください。
あなたが聞きたくないことを山ほど話して
あなたがやりたくないことをひたすらやらせて
ブロックごと全部一回粉微塵にしてあげます。
そこから始めましょう。
今回はこのくらいで。
ありがとうございました。
フネ
こんばんは。
フネです。
昨日は仕事の打ち合わせで
随分長いこと飲んでました。
体が水死体のように腹がプヨップヨしております。
上手いこと話がまとまったので
大変いい席になったのですが
その時にお相手のサロンオーナーさんと
ちょっとしたスピ話をしました。
ご本人も肉体とスピリチュアリティの
関係性などに惹かれているそうで
単に事業としてサロンをやっているのではなく
本当にこの分野が好きな方でした。
だもので、
結構話が盛り上がりまして
久しぶりに終電を逃しました(笑)
それでは本題です。
テーマはちょっと小難しく
「洗心」
目的格を答えよ
お相手の方が
真面目にスピ系を楽しめる方だったので
仕事から離れた内容の話もしました。
その中で特に盛り上がった話題が
今回のテーマである洗心なのですが
スピ系の人は
『心を洗う』
『魂を清める』
『エネルギーを高める』など
天の蔵に徳を積む的なアプローチや
考え方を好み、実践しようとする傾向にあります。
別にそれは悪いことではないし
人に迷惑がかからないのならば
大いにやればいいと思います。
そういうものが
「ある」か「ない」かを論議するのは
本来の目的からは外れていますし
今回の投稿では触れません。
話の流れで
「フネさんは何かそういうのやってますか」
と聞かれたので
「特に何もやっていません」
と申し上げると、
意外そうなリアクションを取られました。
ヒーラー系のひとは、半ば必修科目的に
そういうのをやるもんなんでしょうかね。
ちなみにそのサロンオーナーさんが
実践されていることは
「毎日の掃除」
「感謝の言葉を多く使う」
「寺社仏閣への参拝」
「朝日をしっかり浴びる」
など、様々なものでした。
ついてるついてる……と言いながら
便器を毎日磨くのもいいでしょう。
トイレ掃除の時に言ってると
なんかウンコ付いているみたいですけど。
高額紙幣をお賽銭箱に放り込んで
何かを変えようとするのもいいでしょう。
私にくれればもっといいでしょう。
そこで私は逆に質問してみました。
「それは誰のために、なんのためにやってらっしゃるんですか?」
うちの流れの考え方では
作用機序がどうとか
信憑性がどうとかよりも
この手の儀式系統って
目的格がすごい重要になるんですよ。
メをどっちに向かせるかということになりますね。
掃除したって感謝の言葉使ってたって
最終的なベクトルが
有形無形の自分の利益に向かっていたら
それはもう洗心じゃないでしょう。
自分のために向こう三軒両隣の道まで掃除し
自分のために綺麗な言葉を使い
自分のために寺社仏閣へ参拝する。
別に何も悪くないです。
むしろそれが普通でしょう。
問題なのは、
この一連の自利のための行為を
洗心や功徳と勘違いしていると
色々なものがズレてくるところです。
自分のために徳を積む(っぽいことをする)
そりゃそれでいいでしょう。
パブリックイメージだって上がるでしょう。
でもそれはある種の免罪符じゃなくて
単なる趣味の活動一貫、それも
限りなく自分本位な目的によるものです。
なんのために、誰のためにを
認識せずに行為というものに溺れてしまうと
だんだんと彼我の境というものが
非常に曖昧になってきます。
限りなく当事者に都合よく言えば、
それは、人との心の隔たりが
なくなるということでしょう。
しかし現実的に厳しく言えば
自分というものをなくす
自滅行為の始まりでしょう。
これが行き過ぎると
最終的には
全部人のせいにする
どうしようもねえ
傲慢なクソになります。
あなたはそのままでいいんだよ
などと言い出したらもう発病してます。
いいわけねえと思ってるから
功徳ごっこしてんだろ!
という矛盾さえ
「いいんだヨ!グリーンだヨ!」
的に押し通します。
思うに、
心や魂というものは
存在のあるなしやその色形以前に
清いor汚い、尊いor卑しいなどの
平面的な捉え方ができるようなものでしょうか。
スマホゲームのステータスのように
グラフ化したり数字化したりできる類の
ものではないと思います。
「誰のためになんのためにソレをしているのか」
はっきりと理解できているのならば
誰のためであってもなんのためであっても
全然いいと思います。
私は私の興味とファンサービスのために
このブログを書いていますし
世にスピの啓蒙を!なんて微塵も思ってません。
利他の心を第一に
心を清めよう魂を高めようなどという
高尚なステージ(笑)にたどり着くのは
多分一生かけても無理でしょう。
しかし目的格だけは
絶対に明言できるようにしています。
この前提があって初めて
心を洗うような体験というものを
その身に通すことができるのではないかと思います。
人とは隣り合う差異の中で気づくものです。
自分よりちょっと足が長いとか
ちょっとおっぱいが大きいとか
その瞬間に初めて気づくことがあります。
年収でも身長でも顔の美醜でもいいんですが
自他の境界がないと
わからないことってたくさんあるんです。
そしてそれの繰り返しと積み重ねで
今この瞬間に立ち物事を捉えていると考えられます。
そのための必須前提というのは
自他の境界線をしっかり引くことだと
私は思います。
私とあなたは違う人だから
から始まって
それを近くにどこまで寄せていけるか
その過程の中での様々な機微が
心を洗う行為になっているんじゃないかと思います。
ある意味では、
洗心ってやせ我慢の世界だと思うんですよね。
これやったら洗心、これやったらカルマ消滅とか
そういう費用対効果がハッキリしているものじゃなくて
ジワジワきて、先がよく見えない中でも
自他の境をしっかり保った上で
どう振る舞うかという点では
非常に曖昧な行為と言えます。
話が小難しくなりすぎたので一旦退却
さて、なんだかダラダラと
わかりにくいブログになってしまいました。
本題に戻り
「心を洗うってなんなのよ」
というテーマに入っていきたいと思います。
正直に書きますと
私、心を洗うというものが
なんなのか皆目見当がつきません。
心ってなに?
心って洗えるの?
というところから実証しないと
気が済まないタイプでして。
ここでは心を洗うことを
精神的なリフレッシュ または
潜在的な罪悪感の消去 という感じで
置き換えさせていただきます。
この二つに効くやり方を紹介して
今日は終わりましょう。
手っ取り早く心を洗うには
簡略版をこちらに示し
需要があれば正規のやり方を
限定記事か何かで書きます。
「あなたの人間関係相関図を書いてください」
以上です。
ねっ、簡単でしょ!
エクセルで処理してもいいですが
色々脱線すると思うので紙の方がいいと思います。
親、子、友人、親友、顔見知り、ペット、
恋人、愛人、セフレ、ソウルメイト、宿敵
なんでも構いません。
今のあなたの人間関係相関図を
書き出してみてください。
線で結んでみたり注釈を入れてみたりしてください。
どーせ誰にも見せないんだから本音で書いてしまえ。
それをよ〜く眺めていれば
術は発動します。
作用機序は、敢えて、伏せます。
自分でやる前に明確にわかってしまうと
目的格に作用しにくくなるからです。
術がどのように走るかは
このまどろっこしい投稿を
よ〜く読めば、おのずとわかるはずです。
今回はこのくらいで。
ありがとうございました。
フネ