心を洗うミッションには必ず目的格をつけてください | 四畳半スピリチュアル

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霊性やエネルギーやオーラや
穢れ落しや開運や風水家相まで
世の中の胡散臭そうな話を
ユルく扱うスピ系ブログです。

こんばんは。

フネです。

 

昨日は仕事の打ち合わせで

随分長いこと飲んでました。

体が水死体のように腹がプヨップヨしております。

 

上手いこと話がまとまったので

大変いい席になったのですが

その時にお相手のサロンオーナーさんと

ちょっとしたスピ話をしました。

 

ご本人も肉体とスピリチュアリティの

関係性などに惹かれているそうで

 

単に事業としてサロンをやっているのではなく

本当にこの分野が好きな方でした。

 

だもので、

結構話が盛り上がりまして

久しぶりに終電を逃しました(笑)

 

それでは本題です。

テーマはちょっと小難しく

「洗心」

目的格を答えよ

お相手の方が

真面目にスピ系を楽しめる方だったので

仕事から離れた内容の話もしました。

 

その中で特に盛り上がった話題が

今回のテーマである洗心なのですが

 

スピ系の人は

『心を洗う』

『魂を清める』

『エネルギーを高める』など

 

天の蔵に徳を積む的なアプローチや

考え方を好み、実践しようとする傾向にあります。

 

別にそれは悪いことではないし

人に迷惑がかからないのならば

大いにやればいいと思います。

 

そういうものが

「ある」か「ない」かを論議するのは

本来の目的からは外れていますし

今回の投稿では触れません。

 

話の流れで

「フネさんは何かそういうのやってますか」

と聞かれたので

 

「特に何もやっていません」

と申し上げると、

意外そうなリアクションを取られました。

 

ヒーラー系のひとは、半ば必修科目的に

そういうのをやるもんなんでしょうかね。

 

ちなみにそのサロンオーナーさんが

実践されていることは

「毎日の掃除」

「感謝の言葉を多く使う」

「寺社仏閣への参拝」

「朝日をしっかり浴びる」

など、様々なものでした。

 

ついてるついてる……と言いながら

便器を毎日磨くのもいいでしょう。

 

トイレ掃除の時に言ってると

なんかウンコ付いているみたいですけど。

 

高額紙幣をお賽銭箱に放り込んで

何かを変えようとするのもいいでしょう。

 

私にくれればもっといいでしょう。

 

そこで私は逆に質問してみました。

 

「それは誰のために、なんのためにやってらっしゃるんですか?」

 

うちの流れの考え方では

作用機序がどうとか

信憑性がどうとかよりも

 

この手の儀式系統って

目的格がすごい重要になるんですよ。

メをどっちに向かせるかということになりますね。

 

掃除したって感謝の言葉使ってたって

最終的なベクトルが

有形無形の自分の利益に向かっていたら

 

それはもう洗心じゃないでしょう。

 

自分のために向こう三軒両隣の道まで掃除し

自分のために綺麗な言葉を使い

自分のために寺社仏閣へ参拝する。

 

別に何も悪くないです。

むしろそれが普通でしょう。

 

問題なのは、

この一連の自利のための行為を

洗心や功徳と勘違いしていると

色々なものがズレてくるところです。

 

自分のために徳を積む(っぽいことをする)

そりゃそれでいいでしょう。

パブリックイメージだって上がるでしょう。

 

でもそれはある種の免罪符じゃなくて

単なる趣味の活動一貫、それも

限りなく自分本位な目的によるものです。

 

なんのために、誰のためにを

認識せずに行為というものに溺れてしまうと

だんだんと彼我の境というものが

非常に曖昧になってきます。

 

限りなく当事者に都合よく言えば、

それは、人との心の隔たりが

なくなるということでしょう。

 

しかし現実的に厳しく言えば

自分というものをなくす

自滅行為の始まりでしょう。

 

これが行き過ぎると

最終的には

全部人のせいにする

どうしようもねえ

傲慢なクソになります。

 

あなたはそのままでいいんだよ

などと言い出したらもう発病してます。

 

いいわけねえと思ってるから

功徳ごっこしてんだろ!

という矛盾さえ

「いいんだヨ!グリーンだヨ!」

的に押し通します。

 

思うに、

心や魂というものは

存在のあるなしやその色形以前に

 

清いor汚い、尊いor卑しいなどの

平面的な捉え方ができるようなものでしょうか。

 

スマホゲームのステータスのように

グラフ化したり数字化したりできる類の

ものではないと思います。

 

「誰のためになんのためにソレをしているのか」

はっきりと理解できているのならば

誰のためであってもなんのためであっても

全然いいと思います。

 

私は私の興味とファンサービスのために

このブログを書いていますし

世にスピの啓蒙を!なんて微塵も思ってません。

 

利他の心を第一に

心を清めよう魂を高めようなどという

高尚なステージ(笑)にたどり着くのは

多分一生かけても無理でしょう。

 

しかし目的格だけは

絶対に明言できるようにしています。

 

この前提があって初めて

心を洗うような体験というものを

その身に通すことができるのではないかと思います。

 

人とは隣り合う差異の中で気づくものです。

 

自分よりちょっと足が長いとか

ちょっとおっぱいが大きいとか

その瞬間に初めて気づくことがあります。

 

年収でも身長でも顔の美醜でもいいんですが

自他の境界がないと

わからないことってたくさんあるんです。

 

そしてそれの繰り返しと積み重ねで

今この瞬間に立ち物事を捉えていると考えられます。

 

そのための必須前提というのは

自他の境界線をしっかり引くことだと

私は思います。

 

私とあなたは違う人だから

から始まって

それを近くにどこまで寄せていけるか

 

その過程の中での様々な機微が

心を洗う行為になっているんじゃないかと思います。

 

ある意味では、

洗心ってやせ我慢の世界だと思うんですよね。

 

これやったら洗心、これやったらカルマ消滅とか

そういう費用対効果がハッキリしているものじゃなくて

 

ジワジワきて、先がよく見えない中でも

自他の境をしっかり保った上で

どう振る舞うかという点では

非常に曖昧な行為と言えます。

話が小難しくなりすぎたので一旦退却

さて、なんだかダラダラと

わかりにくいブログになってしまいました。

 

本題に戻り

「心を洗うってなんなのよ」

というテーマに入っていきたいと思います。

 

正直に書きますと

私、心を洗うというものが

なんなのか皆目見当がつきません。

 

心ってなに?

心って洗えるの?

というところから実証しないと

気が済まないタイプでして。

 

ここでは心を洗うことを

精神的なリフレッシュ または

潜在的な罪悪感の消去 という感じで

置き換えさせていただきます。

 

この二つに効くやり方を紹介して

今日は終わりましょう。

手っ取り早く心を洗うには

簡略版をこちらに示し

需要があれば正規のやり方を

限定記事か何かで書きます。

 

「あなたの人間関係相関図を書いてください」

 

以上です。

 

ねっ、簡単でしょ!

 

エクセルで処理してもいいですが

色々脱線すると思うので紙の方がいいと思います。

 

親、子、友人、親友、顔見知り、ペット、

恋人、愛人、セフレ、ソウルメイト、宿敵

 

なんでも構いません。

 

今のあなたの人間関係相関図を

書き出してみてください。

 

線で結んでみたり注釈を入れてみたりしてください。

どーせ誰にも見せないんだから本音で書いてしまえ。

 

それをよ〜く眺めていれば

術は発動します。

 

作用機序は、敢えて、伏せます。

 

自分でやる前に明確にわかってしまうと

目的格に作用しにくくなるからです。

 

術がどのように走るかは

このまどろっこしい投稿を

よ〜く読めば、おのずとわかるはずです。

 

今回はこのくらいで。

ありがとうございました。

フネ