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Scratch paper (ブログ)

チラシの裏。

"人は、「起業目指してる?素敵!あなたなら絶対できるよ。絶対ね。

あなたが能力ある、きっとやり遂げるって、オレは信じてる。」
というような事を、1日1回、いや5回言ってもらってちょうどいいくらいです。

それくらい言ってもらわないと!というくらい、自尊心は高めていいです。
(だから自己啓発が一番大事なんですが。)

ですが、そんなに毎日耳元で自尊心を高めてくれるような人はいませんので、

「起業するってバレたら否定されるが普通」くらいに思って毎日過ごしましょう。"

 

上記はとある起業スクールのメールからの抜粋で、

まあ本当この通りで自分自身も身にしみる。

 

実際に自尊心を高く持っている人はとても少ない上、

それを高めてくれる「他人」がいるなんて宝くじに当たるレベルだろう。

仮にそういう言葉をかけてくれる両親がいる場合でさえ、

純粋な心からそういった言葉が出ているばかりではない。

 

そんな中で自分には、本当に有り難いことに

そういう言葉を日常でかけてくれる人がいる。

 

それがどれほど希少なことであり、宝であろうかと思う。

本当に大切にしていきたい。

 

同時に、そう言われるような自分自身を

自分自身で認めて大切にすること、

そのような自分であれる外因である

両親や関係者に報いて行きたいと思う。

年を食ってきて恐ろしいのは、色々なものが低下し固まっていくことだ。思ったことをパッとできなくなる。明日はこうしよう、と思っても強制力がなければ習慣を変更することが難しくなる。体力が落ちていく、柔軟性が減っていく。自分が自分に言うことも人から言われることも聞かなくなる。体のエラーも起こりだすし、慢性的に脆い箇所もできてくる。

これを防ぐために、基礎体力を保つトレーニング、回復する習慣、メンテナスの習慣、より多くを取れる生活習慣(これはたとえば、朝8時に起きる習慣の人より5時に起きる習慣のある人の方が、8時間寝て回復するより6時間寝て回復する人の方が、普段のエネルギーが低いより高い人の方が、何をする時にも有利であり、その「何かをする時」にすぐにそれに向けて自分を変えることが年をとると難しくなるので、MAXを取れるような習慣を持って普段から生きていることが大事だということ)を持つこと。

とにかく
1.トレーニング(有酸素と筋トレと回復)
2.目標を絞って取り組むこと
3.インプットとアウトプット(基礎/専門/時流)
4.毎日の記録と振り返り&調整と改善
+α 必要なもの以外は捨てる&片付け&掃除
は絶対にやったほうがいい。(習慣化した方がいい)

これによって調子が悪い時でも自分を保つことができる。支えや自信になる。

(※片付けがプラスα扱いなのは、先の4つは万人に必要だと思うが、片付け掃除は不要な人もいると思うし、自分自身ももしかして不要かもしれないと思うため。ただ、今の自分の実感としては断捨離系の方がフィットしていて、目標を絞って取り組むことにも通じている(余計な物をすべて排除して目につくものを全て目標に関係の在るものにする方がいいと感じてる。逆に、雑多な情報の広がりから何かを発見できる時もある気もする)。

※もっといえば、最高なのやはりいつになっても柔軟に環境・状況に応じて自分のやり方や習慣やクセを変えてスムーズに(ストレス低く)対応していけるようであり続けること。
これは他人と生活したり年を食ったりで本当にしみじみ思う。自分のリズムやペースややり方やこだわりの諸々がいかに邪魔か。それを少しでも融解できたら人と生活するのがいかに過ごしやすいかと感じることがこの1年であった。もっともっと即対応できるような柔軟さを持ちたい。しかし上記に書いた4+1もできない状態でそれは非常にハードルが高くおいそれと越えられるものではないので、柔軟な対応をするためにも基礎となる先の5つは習慣にしておくべきなのだ。)

し、そういうのを完璧にこなして自分を高め続けることにはひとつのワクワクを感じる。また、高まった結果人と接することや、世に何かを提供することにも。これをアスリート(武士道)欲求と呼ぶとして…

それを邪魔するのは天才欲求と退廃的な美への欲求。
天才欲求てのはただの夢であり憧れ。なんの勉強も訓練もせずにしたいと望んだことがすぐにできてしまうこと。漫画でしか見たことねえけどそういう人も本当にいるそうなのでリアルにできが違うのだろう。で、自分でもその欲求を満たせるとしたら、アスリート的に生きて高まった先にたまにそういう感覚に浸れる瞬間があるだろう。
退廃的な美に関してはアスリートの対極にあって相容れない気がするが、その中には「強さ」への欲求も隠れているとも思うので(好き勝手に自堕落に行きて、それでもほしいものが手に入り、美しくあり、退廃的な美しさの世界を表現してその中で生き、人が世話してくれるというもの。うーんこれは強さというか階級的なものへの憧れかもしれない。パンクロックだけでなく中世の貴族的な生き方も当てはまる)、アスリート的な生き方で「強さ」を手に入れたならその余剰分でそういうスタイルを一定期間送ることが可能かもしれない。

この天才欲求の実現を考えてみると、凡人にとっては没頭の道に活路があり(というか天才って「結果」である場合も多いだろうし没頭できることは天才の要素の一部だろうけど)、楽しい、興味があると思う感覚に従って生きる(自分で言えば哲学マップや地球儀などに感じた好奇心を爆発させる)ことの先にもしかしたらたどり着けることもあるかもしれない。
一方退廃欲求に関しては、折り合いをつけるか、8割2割で楽しむか。これだって「本当に退廃的に生きたい」わけではなく、けっきょく「快」を求めているのだから、そういう環境を「自堕落な上になるがままになっていく」のでなくて「積極的に作り出せば」いいんじゃないだろうか。正反対のベクトルで、作り出したものならそこに退廃的で起こる致命的なダメージはないような気がする(それはフェイクでしかないが、でも本物の退廃化が実際に起こることは絶対望んでない。やっぱり自分の場合は"いい想い"したいだけでありポーズの一つなのだと思う)そのためのベースはアスリート欲求によって成り立つのではないだろうか。と仮説を立てて、この欲求と折り合いをつけ、管理すべきものをぬかりなく管理していく生活を送ろうではないか。
というかこのアスリート系と退廃系は考え出すと足が止まるので考える必要ってとくにない。退廃系を生きるとアスリートに戻れなくなるが(とくに、ここが今回書き始めたポイント。年食ってくと、規律を緩めたら戻るのに膨大な時間とエネルギーがかかりすぎるし、それだけの環境が今は人の助けがあって存在してるからできるけど、なくなった場合にはもう戻ってこれないかもしれない)、アスリート系にいるならいつでも退廃系には来れるのだから。

さらに、書いていると思いついたが自分には「丁寧に」というものと反対に「雑にしたい」という欲求もあるなあ。大切に扱う、丁寧に扱うことをすごく大事だと思う反面、そういうのにうんざりする時もある。しかし、人の「痛み」に対する配慮や応えたい気持ちだけは、ほとんどまったく反対にならないな。だから俺のコアのひとつはここにあって、しかしものを丁寧に大切に扱うというのは時に興味がなく雑に扱いたくもなるわけだ。しかし、丁寧や大切、というのはいらなくても、磨きあげる、という考えもまたほとんど興味がなくならないことだ。丁寧さや大切さは時に興味がつきても、磨くというところへのワクワクはつきない。だから、「磨く意識」を持って物を扱えばいいのかもしれない。

(※この「磨く」ということも、「磨くためには厳選しなければならない」という書けば当たり前のことを痛感した1年だった。磨くにはエネルギーが必要だが、そのエネルギーを発揮するには時間が必要で(必要でないものもあるけれど)とにかく自分が磨ける範囲のものしか磨けず、それに余るものは錆びてしまう。だから、磨ける分量を知り、その分にしっかりと手を入れるというスタイルにしようと思っている。

※しかしそんなことは何年も前から知っていたが、絞るということに反骨精神があり、縁あったものすべてに応えようと足掻いていた。結果的に失敗し、不可能だとは今も思わないけれど、そのやり方を自分はわからない、できない、それにより破綻していることは事実でそれを認めることはゼッタイだと思い、自己を改め、先の結論(全てに応える→厳選する)に至った)

まとめると自分にあるのは…
①アスリート欲求・武士的欲求
②天才欲求(/聖人欲求)
③退廃的な美の欲求
④モノゴトを丁寧に大切に扱いたい気持ち
⑤モノゴトを自分勝手に雑に扱いたい気持ち
⑥人の痛みに応えたい気持ち
⑦磨き抜いて最高に素晴らしいものにしたい気持ち
⑧色々なトピックへの好奇心・学習欲・内省欲・収集欲

①、⑥、⑦を育てて、扱える範囲で⑧に没頭する。


最後に今回言いたかったことをあらためて。

とにかく

1.トレーニング(有酸素と筋トレと回復)
2.目標を絞って取り組むこと
3.インプットとアウトプット(基礎/専門/時流)
4.毎日の記録と振り返り&調整と改善
+α 必要なもの以外は捨てる&片付け&掃除

は絶対にやったほうがいい。

すごくうまく行きそうな状態にあるのに

ガンガンと行動せずのんびりしているのはなぜなのか。

そして実際にガンガン行動するために何ができるのか。

 

ブレーキというよりリミッターが効いている感じ。

 

例えば原付きでは、まだまだ速度が伸びそうでも

60キロ辺りになるとアクセルを開けていても

スピードが強制的に落ちる。

それを60キロ以上出すためには

リミッターカットを行う必要があり、

ECU交換orワッシャーの調整で行う。

 

これをそのまま人間に置き換えれば

脳みそ変えて上限値を押さえているアイテムを取り除くこととなる。

 

脳みそにはアファメーションを作って対応する。

邪魔しているパーツは何か?とにかく必要なもの以外を

どんどん取り除いてみる。

 

ゴールが見えているのに歩くってのは

道中を楽しみたいならいいが

さっさとゴールしたいなら走らないと。

 

この辺は「クリア・嫌」症という病気も関係するのかもしれない。

(例えば好きなゲームで、最後まで進めたところで

ラスボスを倒すとゲームが終わるからいつまでもラスボスに挑まず

レベル99になってクリアせずやめてしまうような)

 

が、そのスタイルは今は不要。

 

リミッターカットをここに宣言する。