Scratch paper (ブログ)

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チラシの裏。

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あるセミナーを学んでいて、

ビジネスの地域経済圏の動きを

菌の動きにたとえて話されていてところ閃いた。


・メイン、カウンターパーティー、サードパーティーの三すくみ±1
・定まった経済圏を基本は出ない
・ハズレたもの(小さいもの)は食われるか吸収される
etc...

 

これは菌も人もそういう動きが本能であると仮定したら…

自分の人生経験が思い浮かんで、一瞬で腑に落ちたものがあった。
 

これまでの経験からの不満や疑問…たとえば

・なぜ仕事の技能を満たせないと怒られるのか。
・なぜ弱くおとなしいと攻撃されるのか。
・なぜ弱い者が守られないのか。
・なぜおもいやりとか優しさはあまり重視されないのか。


これらへの答えとしてそうするのが(そうしないのが)本能であり、

人間を菌としてある塊ごとに1カブだと想像するとスムーズに「納得」できた。


今でもあった小さな憤り、不満、疑問、「お前らは悪い」

「こうすべきだろ」という気持ちが、スッ…と消えた。

そうか、当たり前のことなんだ、と。アイツらはもっと

種としてナチュラルに生きているのだと。

俺みたいに「個(我)」が強くないとも言える。

 

もっと動物の部分、本能の部分、に従っている、肉体に沿っている。

よーするに種的な視点からすればあいつらの方が自然で

もっと言えば全体から歓迎されている存在かもしれないんだと。


そして、だからやっぱりそれを理解して振る舞い動かないといけないこと。

だから当然にそれを踏まえる。輪をいたずらに乱さず、

菌の圏から不用意に出ず、強くなって、個として強力になってから

自分が参入できる圏を的確に決めてそこに入ってくことが重要。

そしてそこでの動きも圏を越えないこと、内部を強固にすることを

きっちりとやりながらいずれ来る外部侵略に備えて対応すべく磨き、

そしてまた動いていくと。こういうのがセオリーで、

知らずに動いても孤軍奮闘、潰されるか吸収されるという次第。

まとめると4つ。特に2が今回のクリティカルポイント。
1.人間を菌として見て菌の活動様式を踏まえること
2.☆ある菌のカブの中で個としてとにかく強くあること

※その際、人間にとって他者への思いやりや優しさや寛容さというものは重要度一位でないことを踏まえておくこと=人のそういう気持ちによって受動的に得られる利益を活動計画や目論見に含めないこと、無意識的にも期待しないこと。逆に活用すること。今回そのことを完全に納得でき、それにより過去のやさしくない人間を責めることもなく自然に受けいれられたことが最大の発見であり変化。これで「強くなる(ならなければいけない)」ことへのコミットが一段深くできて、取り組みもパフォーマンスも人間理解&コミュニケーションも質が上がると思う。本能が優先するということは以前から理解としてあったが、個体の範囲で見ていた。本能ならば人間という全体は1つなのだから、その1つの全体としてどう動くのかまで理解することで、「個」に対して考えれば理不尽に思えたものが、全体ならとてもナチュラルだと受けいれられた。今後は、本能的条件がクリアされていないやさしさや思いやりの出現が難しいことを理解し、責める気持ちが消えたのでもっとやさしく/おだやかに/言い換えればいい意味でどうでもよく、なれるだろう。
3.新しいカブを作る際は圏を見極めること
4.新しいカブを作る動きははみ出ないこと、内部を強固にすること、変化のために備え続けること

 

今後どうパフォーマンスが上がったか、

この知識をどう活かせたかなど

おってレポートしていきたい。

今日でこの心吐き出せシリーズ終了する。

最後にまとめておく。

 

1.この連日投稿は、とりあえず何もしないよりは

外に情報をアップする習慣を続けた方がいいと思ったので始めた。

※なのでまた止まったらこれを書くことから始める。

 

2.書くネタは今の腹の中を出すというテーマだった。

※これは開始時は書けた感覚があったが

その後は腹の中出してると感じるほどのものはなく

そもそも腹の中にとくに何も入っている感じがなく

心の中(心に残ったもの)を好き勝手に書いた。

 

3.書く上で恥ずかしさや無駄さやもったいなさを感じた。

※これが最もいいことだった。それらを感じてもやることで

何か新しい変化を起こしたくなる。これをしなかったら

止まったままで時間を過ごせる。

 

4.書くことがないなと思う時も書いた。

※これもよかった。とにかく書こう、というだけで

情報の形が決められなかったけどそれでも書くと

意外と今の自分のホットなものに自分で気づけた。

 

5.振り返れば自分の復習になるようなものになった。

※書くことで自分自身が内容にコミットしていく感覚があり

これもよかった。大事なことを書いていて、それを毎日

無意識的にも振り返ることになるのでよい効能を感じる。

自分の中身を外部化するため、疑似教育をしているような。

成長するには人に教えることということを実感した。

 

 

これくらいかな。

いいセラピーになった。

 

明日からはそれぞれのサイトに

コンテンツを作って投稿していく。

 

ここは何か書くことがあった場合か

動きが止まった場合にまたアップする。

RAWデータ保管場所みたいな感じ。

人の悩みに応え、止まっている人の歩きだす力になることが自分の仕事である。

その適性が自分にはあるし、そのことに喜びも使命感のようなものも感じる。

 

そう思ってやってきて、それは仕事になった。

 

普通のビジネスをする方なら…

・積極的に情報を取りに来て、

・ダメだったと思えばスパッと去り、

・取り入れるものがあれば取り入れて自分で活動し、

・よいものを提供しているならその間は残り続け、

・よほどぐっとくることがあればファンになる。

といったまっとうで健全なビジネスパーソンを顧客にするのだと思う。

この場合の判断ポイントは「情報の質」であり

「使えるか/使えないか」で判断される

ある種スッキリしたものである。

 

逆に自分が助けになろうと思った人は

・情報は信頼できるところからだけしか取らず

・ダメでも粘ったりウジウジし続け

・取り入れたいものがあっても自分で活動まで落とし込めず

・よいものを提供しても放置されればダレて

・ファンになるというか依存気味になる人。

こういう人の判断ポイントはサービスの厚さと質であり、

極論自分に時間をかけてくれるかどうかを重視する。

それが必要なのは頑固でマイペースな人たちだ。

その中で自分は、おもいやりはある無邪気にやさしい人、

人を大切にしようという気持ちのある人を相手にやってきた。

 

しかしこれはビジネス的に言えば効率が2つの意味でよくない。

1.提供に時間がかかる

2.自分の力が伸び辛い

からね。

 

 

書いてみて思うのはこの2つは明確に区別がつくものではない。

 

それなのに、これまでは頑なに後者だけを選んできて、

前者のサービスを考えなかった。

 

今後はどちらも柔軟に取り入れた

サービスが提供できるようになること。

 

個別性もシステム性も取り入れて、

共通のゴールに向かう人に門戸を開き

情緒も情報も高めながらやれるサービスを作る。

 

これは当たり前だけど、どこか偏ってしまうもので

そういうところから自由になれるのもまた

人生経験によるものだと思う。

 

何かとらわれる出来事があり、

それに長い間囚われてしまう人も多いだろう。

 

一生懸命やることしか出られない気がするが、

少しでもラクになれるようなサービスを提供できれば。

 

そのために自分自身もとことんやっていること。

それがスタートラインで、その上に情報の質が入ってくるのだろう。

 

バランスの取れたいいサービス。

今の世の中は特化志向だけれど、

自分の特徴はバランスだろうね。

そこに一点スパイスが入ればいい。