映画じゃなくて
ドキュメンタリー系。
『東京裁判』
知ってるのは 『名前』 だけ。
中学の頃から興味はあったけれど
きっかけが無かった。
しかし
レンタルショップでの偶然の出会い。
これは いっちょ観てみるか・・・
と 白黒ムービーに目を向けた。
4時間後。
VHS 2本 と言う大作終了。
正直言えば。
『解らない』
どちらが間違っていたとも
どちらが正しかったとも
言えない。
しかし少なからず解った事は
戦争と云う正常ではない状態の中で
起こりえた
『国』
の責任を
『個人』
に向けた裁判だった。
と 言う事。
『常識』 が欠如した中での 『非常識』 を
どう裁くかが問題だった事。
しかし
通訳の準備もままならない状態で
自分の罪の内容すら理解できない現状で
なんだかやり込められた雰囲気の漂う中で
形式に時間ばかりがとられる
『裁判』
は 観てて
『虚無感』 と
多大なる 『疑問』 ばかりを残した。
『戦勝国』 が 『敗戦国』 を裁く。
テープにも残っていたけれど
日本の侵した
『南京大虐殺』 や
『真珠湾奇襲攻撃』
が罪だと言うならば
アメリカの
『広島・長崎原爆投下』 や
『東京大空襲』
も罪になろう
と
『戦争』
を
『罪』
として裁こうというのが
そもそも
『不可能』
だと思った。
あまりにも多くの 『罪』 が交錯し
あまりにも多くの 『真実』 が隠蔽されているのだから
『裁く』
と言う言葉は不適切だと思った。
誰にも解らないケド
『世界大戦がなんで起こったのか』
ってのを
子供の絵本の様な簡略な思考で
考えた時
こう思った。
かつての日本は
『日本』
になるまで
『バラバラ』
な 那 町 村 の集まりだった。
だが秀吉の時代
『日本』 は統一され 『国家』 になる。
その 『領土統一』 の思考は日本だけでなく
『アレキサンダー』 のそれとも同じだ。
世界大戦では
その 領土統一の 『国取り合戦』 を
『世界レベル』
で繰り広げたのだろうと。
『世界』 を 『1つの国』 にしたかったのかもしれない。
1つの国 が 世界を 仕切る
っていうカタチを夢みたのかもしれない。
って思った。
でも
これは スペシャルに淡白。
語弊を覚悟で言ってみた。
だって
恐らく日本は
徐々に矛先がズレはしたが
『独立』 を守る為に
戦争に参加したのだろうし。
国の 『利益』 を目当てで
『世界統一』 っていう遠くのビジョンまでは
持ち合わせていなかった国もあるだろうし
御節介ばあさんみたいな思考の国もあったろうし
ひたすらに 『被害者』 な国もあったのだから。
何がしたかったのかな・・・
きっと誰にも解らなかったんだろうケドね。
解らなかったんだろうケド
一個だけ解るのは
みんな 『必死』 だったって事くらい。
あとは
何も解らない。