サイケデリック -7ページ目

サイケデリック

モノクロかもしれません。

映画じゃなくて


ドキュメンタリー系。



『東京裁判』



知ってるのは 『名前』 だけ。



中学の頃から興味はあったけれど


きっかけが無かった。



しかし


レンタルショップでの偶然の出会い。



これは いっちょ観てみるか・・・


と 白黒ムービーに目を向けた。




4時間後。


VHS 2本 と言う大作終了。




正直言えば。




『解らない』




どちらが間違っていたとも


どちらが正しかったとも



言えない。



しかし少なからず解った事は



戦争と云う正常ではない状態の中で


起こりえた 


『国』


の責任を


『個人』


に向けた裁判だった。


と 言う事。




『常識』 が欠如した中での 『非常識』 を


どう裁くかが問題だった事。




しかし


通訳の準備もままならない状態で


自分の罪の内容すら理解できない現状で


なんだかやり込められた雰囲気の漂う中で


形式に時間ばかりがとられる


『裁判』


は 観てて


『虚無感』 と


多大なる 『疑問』 ばかりを残した。




『戦勝国』 が 『敗戦国』 を裁く。


テープにも残っていたけれど



日本の侵した 


『南京大虐殺』 や 


『真珠湾奇襲攻撃』


が罪だと言うならば


アメリカの


『広島・長崎原爆投下』 や


『東京大空襲』


も罪になろう



と



『戦争』


を


『罪』


として裁こうというのが


そもそも


『不可能』


だと思った。



あまりにも多くの 『罪』 が交錯し


あまりにも多くの 『真実』 が隠蔽されているのだから



『裁く』


と言う言葉は不適切だと思った。






誰にも解らないケド



『世界大戦がなんで起こったのか』



ってのを


子供の絵本の様な簡略な思考で

考えた時


こう思った。



かつての日本は


『日本』


になるまで


『バラバラ』


な 那 町 村 の集まりだった。


だが秀吉の時代


『日本』 は統一され 『国家』 になる。



その 『領土統一』 の思考は日本だけでなく


『アレキサンダー』 のそれとも同じだ。




世界大戦では


その 領土統一の 『国取り合戦』 を


『世界レベル』


で繰り広げたのだろうと。


『世界』 を 『1つの国』 にしたかったのかもしれない。



1つの国 が 世界を 仕切る


っていうカタチを夢みたのかもしれない。


って思った。





でも


これは スペシャルに淡白。


語弊を覚悟で言ってみた。




だって


恐らく日本は 


徐々に矛先がズレはしたが


『独立』 を守る為に


戦争に参加したのだろうし。



国の 『利益』 を目当てで


『世界統一』 っていう遠くのビジョンまでは


持ち合わせていなかった国もあるだろうし




御節介ばあさんみたいな思考の国もあったろうし




ひたすらに 『被害者』 な国もあったのだから。




何がしたかったのかな・・・


きっと誰にも解らなかったんだろうケドね。



解らなかったんだろうケド



一個だけ解るのは



みんな 『必死』 だったって事くらい。





あとは




何も解らない。

― わずか12秒のフライト しかし これは紛れもなく

     

  『滑空』 ではなく 『動力飛行』  だった。―


                       【オーヴィル・ライト】


 


ジブリシリーズの中でも


『紅の豚』


が一番好き。



『飛行機』 と 『パイロット』


これは本当にカッコイイ。




皮肉にも その 『飛行機』 の目覚しい発展は


『両大戦期』 


つまりは


第一次世界大戦 と

第二次世界大戦 なのだが


その期間を


飛行機にとっての




『黄金期』




と呼ぶ人もいるらしい。





黄金期・・・





なんだかステキな響きだが


調べてみたら


その中でも


酷い時期はあったようだ。




それが




『第一次世界大戦 終結時』




一度目の大戦が終わった後の話。


言い変えれば





『航空産業 破局の時代』





そんな時代があったのだ。





アメリカでは


市場に軍用機 『カーチス・ジュニー』 が


『$300』


の超安値で売られるわ


多くの航空機製造業者が


『破産』


するわの大騒ぎ。




それもこれも 『大戦』 においての


『需要』


が無くなったという


ある意味 当然の結果だったが




失業した技術者は


腕はあるのに


『フライパン』


なんかを作って生活をしのぐ悲しい現実。



そして 



失業したパイロットは


大戦中はヒーローでも


平和期には不安定な職にしかつけなかった現実。




腕があるのに


発揮できない辛さって


相当だろうね。




だが


それでも飛行機を利用した


『ビジネス』


をしようって考えた連中は




○ 宣伝飛行

○ 農業散布

○ 空中写真

○ ハリウッドでのスタント



などで稼ごうと奮闘していたらしい。


そして


ハリウッドでの 『スタント』 が進化し


大衆に 『生』 で見せる為の





『スタントパイロット』





が生まれた。






当時は


『安全法規』


が存在しなかった為


彼等は


とびきり 『危険』 な曲芸を披露した。



○ 翼の上を歩いて見せる

○ 空中で他の飛行機に乗り移る

○ 飛行機の下にぶら下げた 『空中ブランコ』 に乗る

○ 『即死覚悟』 の地面間際のパラシュート開き


そんな


『サーカス的』 とも言える 『曲芸』 を披露。



つまり



『スリル』 が 『売り物』



だったのだ。





その日を締めくくる為の


『陽気な事故』


なんかは当たり前。



大衆がワクワクドキドキする


スリル満点な


『劇的』 な 『墜落』


を


『事故死』 や 『不具者』 になる覚悟で挑んだ。




これ等に挑んだ


『パイロット』


は


『失業』 と言う 『金銭的』


なことから危険な道を


『選らばざるを得なかった』


のかもしれないが



私は


彼等自身が


『スリル』 と 『プライドの復活』


を求めて


キチガイ染みた 『曲芸』 を


大衆に披露していたんだと


思いたい。




パイロットの



そーいう



『ドラマティック』 



に



夢を見たいカラ。

『広告批評』 の雑誌は濃い。


それに 『カラフル』

 

『色』 じゃなくて 『内容』 がね。





NO.296 を今日読んだ。



目についたのは このコピー



『憲法を変えて戦争へ行こう』

と・・・いう世の中にしない為の18人の発言



岩波書店 の 護憲本 の 広告ポスター


インパクトあるなぁ・・・




今更


『絶対護憲』

『絶対改憲』


という人に話しかけても仕方ない。


重要なのは




『どうでもいいや』




っていう真ん中の人に 


『届く言葉』 


であるかないか。




つまりは 


『護憲派』 でも無く

『改憲派』 でも無く 


『無権派』 へのメッセージ



私自身 『護憲』 『改憲』 に興味はあるが

カテゴリーとして分ければ


『無権派』 なのだろう。



そんな真ん中の人が 


この日本の大多数を占める。


だから重要。




大きなそのコピーのしたに


いくつかの 『サブコピー』 があった。




○ およそ5000人が死んで、今の日本国憲法は生まれた。


○ たとえ戦争になっても、戦いに行くのは他人 

  だと思っていませんか?


○ そして子孫から恨まれよう。


○ 徴兵されて戦争に行きたい人は改憲に賛成してください。


○ 改憲派の人たちも、みんな一生懸命。だからこそ怖いのです。





『護憲』 のくさみが全く無い。


そして 『興味』 を引く言葉。





『CM』 や 『広告』 は



『短い』


から難しい。



『短い』


から分かりやすい。




凝縮された情報は


不必要を最大限に削り取った



『厳選さ』



がある。




だから魅力的。




そんな広告を論じた 『広告批評』 



いろんな人が


いろんな切り口で


いろんな事言ってる。




勉強になる。

イギリスの家具デザイナー



日本では


シンプルな家具を取り揃える


『コンランショップ』


として 新宿 福岡 丸の内 に3件存在。




彼の最も大きな特徴は


『統一感』


彼の指示無しでは店に家具を並べられない徹底ぶり



『あれもこれも』


ではなく



『これしかない』


の勇気はすごい。




良いとか悪いじゃなくて


『すごい』



人間なかなか一本に絞る勇気と器量は無い。


だからすごい。






所ジョージが言ってた。



『1つの興味をとことん突き詰めれば

          おのずと枝分かれしてくる』




1つの事をとことん突き詰める勇気は


得てして危険と隣り合わせだけれども




とてもすごい。


自分を信じて進むんだもん。





北島康介のタブーの筋トレや


クラウン技術者中村氏の生き方みたい。






『たくさんの事に興味をもって

     たくさんの事にチャレンジしましょうね!!』




っていう教育が大手を振る中


これらの思考は勇気がある選択だと思う。


最終回まで 無言で行こうと思ったケド



無理。



内P終わる。




あ――――――――――――




叫んでみた(低音で)



知ったのは8月末

ある筋からの情報で


初めは 『噂』 かと思った


だけど 『現実』 らしい。




致し方ないケドね。




TVだから。




理不尽。



寂寞の思いです。


TV終了ごときで大げさだと言われそうですけど




オオゴトだよ。




『意味ある無意味』


これを主張したい。



『ギブミーチョコレート』


あの時代のそれと似た切迫感。





ある人が


『引き際が大事』


って言ってた。



ある人が


『最高点で辞めたものは伝説になる』


って言ってた。




かもね。




でも思うのは




言い訳と紙一重。




現実が続行を許したら?


きっと辞めたくないんじゃない?




昔


理由は先に来るものだとばかり思ってた。


でも


理由は後からついてきてもいいのかもって思える。





大好きさ





内村プロデュース。

『ミュージカル』 って


やっぱり性に合わない。




申し訳ないけれども


眠くなる。



話が進まないカラ


イライラ




でも


随所の音楽は




鳥肌




予告編に使われてるアレとか


特に



鳥肌



でも




クリスティーヌ


結局




そっちかよ! みたいな。






『もしも』 の話。



『ディズニー』 が 『オペラ座の怪人』 を手がけたら




クリスティーナ(主役のおなご)は


怪人のところに行くと思う。




『怪人』 をもっと

良い人にしちゃうと思う。




最終的にくっつかなくても



彼女は怪人に 『惹かれ』 て

致し方ない切実な 『別れ』 とか


演出したんじゃない?



大衆向け(子供向け)

を狙ったら


きっと そんなストーリーがウケるんじゃない?



あの 『ディズニー』 ならね。


『美女と野獣』 的に




だって




このオペラ座の怪人


怪人の 悲しい 『過去』



が 



まるで



意味なし



あれって 『複線』 じゃないの?



あまりに




不憫。





「私はもう貴方の顔は恐くない・・・

  何故なら貴方の心の方が醜いと分かったから。」


(クリスティーナが怪人への一言)




なんだそりゃ。


そうなの?


そーなの?



そーなんだ・・・





現実味あるね。


って言い方すれば



このラストはそれでいいのかもしんないケドね。




まぁ




もっと他のシナリオで観たかったよ。

オペラ座。



これって史実の噂話でしょ?



だったら


『仮面の男』  や


『フロム・ヘル』  位



オリジナルな演出で


劇的


を魅せて欲しかった。







ミュージカル調は


やっぱり正直




『飽きる』




ディカプリオが演じた


『ロミオとジュリエット』


も


『早送り』 で観覧(当時ビデオ)



その位


欠伸。




ケド



ミュージカル調でも


2つ


また観たい


って思う映画がある。




『CHICAGO』


と


『サウンド・オブ・ミュージック』




これは良い。



特に 『CHICAGO』



DVD欲しい。


エネルギッシュで魅力的。


人間味溢れてる。


みんな



『自分』


を愛してる



他人を蹴落としても


生き延びようとして




そんな姿が


見てて気分が良い。




牢獄と法廷がステージ


印象的。



赤と黒が


印象的。




『天国と地獄の往復切符』


を持ってるって感じの映画。





『サウンド・オブ・ミュージック』 は


メジャーだから


あえて何も言わない。




歌と音楽よりも


やっぱり


視覚的効果とストーリーが



私の映画のウェイトを締めていると




改めて思った。




映画HP・・・『オペラ座の怪人』

『カッコイイ』 のが好きです。


『カワイイ』 じゃなくて


『カッコイイ』 のが好きです。




でも2年前から それが混沌とし始め


今では まったく蟻地獄にハマった蟻の様な状態



『カッコイイ』 にも種類がある。





雰囲気で言えば。



グルーヴィーなRICKテイスト。


カッコイイ。


昭和ロマンの様なレトリック。


カッコイイ。




そう思う。



ケド



それは ほぼ対極の位置に存在してる。


だから絵を描くとき困る。


色で言ったら




『サイケデリック』 と 『渋い色』




その位 違う。


だから困る。



どっちも好きだけど


どっちの路線で描けば良いかを迷う。





個人には それぞれの


『世界観』


が存在していると思う。


それはゆるぎないものである方が





『魅力的』





ティム・バートン には ティム・バートンの


松本大洋 には 松本大洋の


デイコ には デリコの





『世界観』





それがあるからみんな魅了される。



欲張りな世界観は破綻すると思う。







でも自分は欲張り。







あっちもいいし


こっちもいい




『お子様ランチ』 の原理。


結局選べないカラ


いろんなモノをちょっとずつ詰め込む。





で





結果


『プロフェッショナル』


にはなれない。






愉快で賑やかなだけ。






オムライス専門のシェフや


プリンに命を懸けるパティシエには





敵わない。




絶対的な 『壁』 がある。





『一本』 に絞った人間は





強い。





だからこそ自分の





『スタイル』





を見つけたいと



焦る。



ケド



目移りする。







コミックで言ったら



『BANBI』 の絵が好き。


でも


『松本大洋』 の絵も好き。



まったく対極。




今




自分の絵のスタイルが崩壊しきってる。


一時



サイケデリックな色で


メランコリーな世界観を構築しようとして




失敗




元気な色で


沈んだ世界は無理。




色には色の力がある。


それを超えようとしたケド




色に負けた。


画風にも負けた。



でも



それっぽい色で


それっぽい絵で


それっぽいモノを描くと



必ず 『誰かしら』 に 『似る』



ありきたりなモノになる。





パクったつもりは無くても





パクリになる。





ガキんちょの頃からのポリシーで


一個だけ絶対的なものがある。





それが





『「まねりん」にはならない』

(知ってる?「こんな子いるかな」って)




ってこと。



人の真似は忌みべきものだと思ってきた。


それでだいぶ苦しんだけど





その中で見つけた結論が一ケ。





成長する為の 『模倣』 は必要。


でも 作品としての 『パクリ』 は万死。





この 『モノ』 に溢れた社会で


何の影響もなしにモノを作れる人はいないと思う。




だから思った。




人間の作る 『オリジナル』 は


結局は


『好き』 の 『複合体』 なんだろう。




自分の 『好き』 な



形


色


スタイル



の 『複合体』 で


それがほんのちょびっと違うから





『オリジナルに見える』




んだろう。






その 『ほんのちょびっと』 を見つけるために


みんな必死なんだと思う。



でも追いかけるのをやめて


まだ 成長途中の 『模倣』 レベルなのに


『自分のオリジナル』 と錯覚して


大手を振って


「私の絵よ!!」


ってひけらかしてる子



嫌い。



他人のフンドシで相撲をとってる様なもん。


他人から見て自分もそう見られてるカモしんないケド


それは精神的な




『モチベーション』




のレベルだから



別に どう思われたっていい。



自分は 『発展途上』 っていう認識を忘れてなけりゃ





自己満足。





だから



『カッコイイ』



を追い求めたい。



そう思った。





『モノづくり』



に関してはね・・・






でも




生き方の『スタイル』



は



本当に難しい。





感覚で生きている友人からすれば


自分のこの姿勢は


『不快』


かもしれないけれど



生きる上で


こうありたい


っていう



『スタイル』



の規準


言い換えれば



『理想の自分』



は持つべきだと思う。





これ以上話すと


長くなるからやめるケド



簡単に言えば





『内P』 と 『プロジェクトX』





私は どっちも好きだって事。



これで ピーン!! と キタ 人がいたら・・・








是非 友達になって下さい。

レトロでカッチブーな車を


『クラシックカー』


だと思ってました。




ケド




本で調べたら



CCCA 『クラシックカークラブ・オブ・アメリカ』



では



1925年~1942年までに作られた


『特定の車種』


を


『クラシックカー』


と呼ぶらしい。




そこでショックだったのが その



『規定』



なんと



『価格』



が主の規準だと言う。





例えば


同じ 『パッカー』 でも



『スーパーエイト』 → ○クラシック


『ライト・エイト』 → ×NG



なんだって。





『価格=品質』




この方程式は解らなくも無い


ケド


もっと・・・こぉー・・・





『粋』





な判断はないのかね?




結局 『ブランド』 なの?





あの吐き気のする様な



財布や


バッグや


洋服と


同じなの?





ショック





でも そーいうの抜きで


『クラシックカー』 は




『カッコイイ』




と思う。



ケド それを言うと語弊があるから



『レトロな車』



って言っときます。




「レトロな車 カッコイー」




フィアット500 


デューセンバーグ J スペシャルクーペ 


TOYOPET CROWN





ホントにカッコイイ。





『名前』


じゃなくて


『そのモノ』


で



選べよ。





世の女子高生。


芸能人。


どっかの成金。





って・・・思う。




ケド 思うだけ。



個人の


『価値観』


の問題だから





相違は否めない。





いろんな 『要素』


が組み合わさって初めて 『価値』


が生まれるからね・・・。







関係ないケド


本を見てて面白いあだ名の車を見つけた。


その名も




『棺桶』




1936年 <コード810セダン>




当時



スタイリング上でも


機構的面でも




スペシャルに斬新だった




空力学敵なモノコック構造で


100マイル以上のスピードがだせた




そんなカッチブーな車。





だけど車高がちょっとばかし低く。


特異なボンネットで





『棺桶』





のあだ名を貰った。




らしいよ。









ちょっと愉快。


原作を読んだのは小学生の頃



当時、図書館の蔵書の中でも群を抜いて


『伝説的』


だった本。




まさか映画化するなんて。


しかも、ウォンカ工場長が『ジョニー・デップ』で

監督が『ティム・バートン』と来た。



前売り買って見に行きました。



オープニングでトリハダ。



ある人が言ってたケド


『ブラックディズニー』


まさに、そんな感じ。




彼等(製作者側)のイマジネーションに感服。




原作に『ほぼ』忠実なのにも関わらず


『映画』っていう短編にまとめる為にプラスされた




『オリジナリティー』



ウォンカの過去を創り上げたのは意外で驚いた。




2年前から思ってたケド



『理由』



コレがはっきりしている話って



スッキリするし


まとまり良いし


入り込めるし


感動するね




風変わりを目指すんじゃなくて



『パブリック』



を対象にしたいんなら


大事な事なんだな・・・・



きっと




『なんで?』




って終わりだと肩透かしじゃん


それがイイ映画もあるケド



ここんとこ そーいう映画ばっかり観てたら


ディズニー観たくなって



つい 『二モ』 とか観ちゃったもん。




・・・・嗚呼・・・なんだろうコレって思いながら。


(『ミスターインクレディブル』は好みでしたが)





とにかく


『チャーリーとチョコレート工場』


忘れかけてた 



『ドキドキ』 



を思い出させてくれました。




ティム・バートンの


『ブラックメルヘン』 がこの上なく好きです。



『ジョニー・デップ』の


子供と大人の入り混じったウォンカの役が素敵です。





『チョコレートは理屈ぬきで素晴らしい』





一押しの名言。

ブログを知ろうと思って始めてみた。




友人のブログの観覧方法を


『知らない』


と言っていたケド



本当は


『知ろうとしてなかった』


だけなんだ。



新しいモノにチャレンジするのって


面倒だし

面倒だし


ちょっぴり怖い。



トラブルが嫌いなのね。



でも、それじゃいけないと思ったから


始めてみた。