こんばんはなおです。

はい、最高峰である国家試験に本日落ちました。
きっちり2時間わかりやすく落ち込み
父に1時間話してもらった今日です。

友達たちは言いました
頑張ったよ!と

父は言いました
必死さが足りなかったとどこかで余裕を持ってスルーしていたブブンがあったのが結果に出たのだろう

はい さすが父親です(友達からはゴッドと呼ばれています)
わたしのことなんてお見通しでした。
世界まで視野に入れて科学技術の仕事を現役でしているだけあります。(77歳)

わたしは父を尊敬しすぎてます
まさに逸脱した存在です
大学院の修士論文のテーマも科学技術と人間性の諸問題にしたくらい影響受けてます
しかし、わたしは逆に哲学の世界で頑張りたいと
そしていつか父と融合することを願ってます。

体のいい話から入りましたが
子供のころ父は家にいなく
わたしは、友達も少なく、気を遣い学校が大嫌いでした
中学もそれは続き、机に座ってじっとしていました
生理のとき、流れ続けている血液を感じながら
時が流れてくるのを待ちました。

学問とは
環境で作られることを身をもち知りました
そんな学校さえ必死で行っているわたしに、勉強する余裕はありませんでした。
受験のとき、両親を呼び出され、担任にこれしかないという
もっとできるこかと思っていたということを言われてわたしは、相変わらず血液の流れに身をまかせていた
私立を単願で受験しか選択肢のないわたしは
どうにも人生の流れを理解できませんでした

とにかく
学校も家でも地獄
現実逃避はアニメしかありません
しかしアニメは神です
人が到底やらないことをやってのけるすべてがヒーローです
オタクになるのも自然の流れ
すべては自然に流れていったのです
そのときです。
毎月買っていたOVAという雑誌にアニメのCD交換の欄がありました。ちょうど欲しかったので交換しました
お互い声優が好きということもあり
文通(古いよき時代の文明)を始めました
地獄の世界にもいやしはあるものです
アニメに自分を投影し中学の頃は生き延びれた
ああ、助かった
オタクは世界を救うのだ
今は世界的有名なAKIRAを見せてくれたお姉ちゃんありがとう
攻殻機動隊を見せてくれたお姉ちゃんありがとう
何よりも今Blu-rayで揃えてあるサイバーフォーミュラを受験期流してくれたテレビありがとう

もうひとつ、演劇部に入っていたことで
舞台の楽しさを知ることができたのもアニメの影響かもしれない。
中2のとき、わたしともう1人の女が主役になるかという場面に遭遇したことがある。
投票でダブルキャストとなったのだが
部長からわたしの投票の方が多かったと知らされた。
当然である。
顧問はその女のお気に入り
人生とは真面目に努力していただけではダメなのだ
そこでわたしは悟った。
しかし、投票の話、それは部活中に当然広まった
居づらくなったその女は部活をやめた
わたしが2日分の正式なキャストになれた
あたしの性格が良かった?
そんなことはない。大人しい言い訳もできない人間だ
男に贔屓される女は同性には嫌われた
典型的な事例なだけだ
部活の1人にはオタクの心を開けたのも良かった
舞台に上がる興奮は、セックスより最高だったと
今もいえる
部活は嫌いだったが練習や本番は最高だったといえる
ここからわたしの芸術好きは開花されたと共に

今、書いてる途中
まんざらでもなかったしかし友達もできなく
勉強もできず、未来も見れず、ブラウン管に釘付けになってたわたしが出来上がった。
人格形成の時期にこうしたあたしが形成された。

もちろん
姉もオタクだった
高校生だった姉が
同人誌を持ってくるのをひたすら楽しみに
いつそれを横目にいつ盗み読みするか興奮していた
もう中学生にはなりたくない。
だがあの興奮していた思いをもう一度体験したい

強制的に行かされた高校では
気付いたら大人になっていた
その頃姉は就職し、家を出た
いよいよ、わたしの居場所がなくなってしまったのだ
さあ
あたしよ
どう転ぶのか
人生の転落期を
中学生の頃のように
身体中の血液をながすかのように身をまかして生きるのか?
それとも狭い狭いこの空間で革命をおこすのか?

最初に話を戻そう
父の意味を知った
最後に自分を救うのは学問であること
意味は広義に渡るし、捉え方も違う
その意味を知ったのはまだまだ先のことである。

そんな渦中のなか 本日2どめの国家試験に落ちた
高校ではわからなかったが
今ははっきりいおう
ネバキブ
受かるまで次は血液の流れさえ逆流させる勢いで
わたしは、努力する
もう黙って血液を感じながら流れない

よくいうよ

血が滲むほどの努力
昔の人ってすごい名言を残してるよね

今のことは書くつもりはなかったんだ
あまりにも心が傷ついたわけよ

ちゃーんとアホな高校生生活の
話戻さないとね

今の血が流れるの嫌なら
献血して新しい血液を作ったらいいよ
違う自分になれるかもね

では


こんばんはなおです。

はい、うつ期間絶頂期です。
今、親友がチョコを作ってくれています
ノー手伝いでやってくれてます

40過ぎてやっと幸せはなるものではなくその度に感じるものであると頭脳は理解して心も納得しているのではないでしょうか。

わたしの脳の一部は病気に占領されてるがそのくらいのことくらいわたしもわかるのです。

さて、なにも出来ない私ですが、幼少期は誰にあげるのではなく、バレンタイン時はウキウキとし、チョコを溶かしてその溶けてく姿を自分が溶けていく姿とよく混合したものです。鬼のようにチョコを溶かして型にはめてくその作業は
わたしの心を一時癒してくれました。

家族構成ですが
祖父、祖母、父、母、姉、わたしという年功序列では最後尾にいたわたしですが
今でいう、毒母?というものでしょうね。
単身赴任だった父がたまに帰ってくるときだけ食卓に豪華なご飯が並んでいたことを思い出します。

そして普段は姉とわたしを置いて夜遊びに行っていました。
寝れないわたしに、ぬいぐるみをならべてくれた姉とは
当時は母親への恨みしかなかったことが
姉がいなくなった今いい思い出としか認識してくれません。

幼い頃から米研ぎもしましたし、洗い物は姉とやりました
7歳の時でしょうか
ふとしたことから、チョコレートをとかしはじめたのです
姉とは四歳の年齢差があったため反抗期に入り始めていたのでしょう。
それでもわたしのチョコを美味しいと食べてくれました。
よき、昭和よ、昔は手作りチョコといったら溶かして型にいれるしかなかったのだ。

ある時、父はオーブンという画期的なものを買ってきた
わたしは魅了された。
一瞬でとりこになった
家族は見向きもしなかった
付属についているレシピ本でクッキーを作った
失敗
何度も何度も
でも毎回姉は美味しいと食べてくれた
どんどんのめり込み、プリン、チーズケーキ、はてはシュークリームにまで挑戦するようになっていた。
姉は嬉しそうだ
調理実習で覚えたハンバーグをお腹すいたという姉に食べさせたことは、後になってからすごく嬉しかったと聞くことになるが

反抗期になった姉は度々母親のいつもの罵声を反抗するようになり殴られていた
わたしは、怖くてなにも出来なかった
居場所が家にしかなかった
末っ子特有の顔色を伺い行動することを覚えた
しかしわたしにも攻撃はなかったわけではない。
3日口を聞いてくれない。謝っても無視される
日常茶飯事だったが
わたしには姉がいてくれた慰さめ盾になってくれた
DV家族はそこら中に転がっている。
だからこそわたしは、まだましだったといえるだろう
比べている。自己中にわたしは、くらべている
そういった人の話を聞くたびにきっとわたしは比べている
そういうものは、比べる問題ではないと知っている
しかしそれでわたしは安心するのだ
自分を保つために
話を戻すが、そうした中で
なにかあるとひたすらお菓子を作り続けた
なにもしてあげられないお姉ちゃんにたいしての償いもあったのかもしれない。
料理は作ると母も食べることになる。
もちろんやらされていたが
お菓子は別だ
食べてほしい人だけに作ることができる、偉大な食べ物だと
当時の幼いわたしは思っていたのかもしれない。

余談だが、父は科学技術の仕事に夢中で、母親に夢中で
わたしたちの言葉は届かなかった。
父だって40年たって後悔することはあるのだ

もちろんわたしたちだって
ありきたりな姉妹ケンカはしたさ
でもそんなことよりさ
そんな日々の中で一度だけ「助けて」と部屋に入ってきたことがあった
お菓子を作り続けることしか出来なかった幼い幼いわたしは
なにもしてあげれなかったんさ
今、そのことを考えながら

友達が溶かしていくチョコを見つめている
今時のトリュフになるらしい
今日この一瞬
わたしは、幸せだ。

今は、とても言葉が堪能で初対面とも気軽に話せる人間になったわたしである。
昔は喋れない。大人しく下を向いていたわたしについて
語ろうか。

とりあえず、わたしはもうチョコを溶かさない
わたしは、これから

今までの経由をここにつらつらと載せたいと思う

今、わたしはうつ病
心理学14年勉強してきたのにうつ病
わたしは
姉が8年前自殺して、それでも子供のことが問題が重なり
グリーフケアできず
倒れてしまった。

しかし今回病気になる以前生まれてからずっと
問題ばかりかかえていきてたように感じる
これは、わたしばかりではなく皆様々な人たちが感じてることだと推測することができる。

SNSの進展と文明の進化により
爆発的に耳に入ることも多くなってきている
そして、問題は自分だけではないことを知る。
だからといって
本当に共感できているのか
なにもせずに、温暖化や、絶滅する動物たちを見ているような感覚さえ持ってしまう。

だから
ここでは
自己中でいこうと思っている
わたしは、今死にたいと思っている
これは、究極だが
昔から思っていたことは
どんな大変なことになろうが、空が曇りだろうが
日々絶望やストレスを抱えながらも

エアコンをつけている自分がいて
体は快適を求めてしまう

人間とは不思議な生き物である。

今、窓でタバコをふかしながら、姉の生きてた意味
わたしのこれまでの様々な環境を振り返りながら

ブログを書くことに決めたのである。

次回は幼少期から振り返っていこうと思う