第二回目です。
私のコメントをする前に、あるコラムの紹介をしたいと思います。
「いじめ」をする生徒はぶん殴り、停学処分だ(マキァヴェッリ先生ならこう考える)
※マキァヴェッリ先生とは中世の人みたいですが。。。
学校の問題として挙げられることの多い「いじめ」を考えてみましょう。
AがBをいじめているとします。(A,Bややこしいので私が勝手にAは管直人、Bは海江田万里としました)
海江田は管にいじめられていることを親や先生に言います。管に「いじめはやめましょう」と言って管が聞き入れれば問題は解決です。しかし、言うことを聞かなければいじめは続きます。しかも今度は「親や先生に言うともっといじめるぞ」と脅迫がついてきます。そんな管に対し、親や先生の扱いは、せいぜいこんなものです。
「話し合いをしましょう」「仲直りしましょう」
話し合って解決するものなら、とうの昔にしているでしょう。誰も「海江田をいじめたら、お前をずっといじめてやるぞ」と管に宣言したり、「管は悪い子だから転校させろ」「管を学校に来させるな」など、実行はおろか言ってもくれません。
もし親がそんなことを言おうとすれば、モンスターペアレント扱いです。周囲から孤立することになります。周囲を見わたせる親ほど、自分の子どもがいじめられているのに周囲に「お願い」しかできません。
何かのきっかけでいじめが止むまで、海江田は我慢するだけになるでしょう。親や教師の言う「道徳の無力さに子どもは打ちのめされます。場合によっては登校拒否になったり、自殺する子も出てきます。
さて、マキァヴェッリが現代の学校でのいじめを見たら、どのような対処法を取るでしょうか?
おそらく、いじめの元凶となっている生徒を即座にぶん殴り、それでも聞かないなら登校禁止や退学にするなりして、それ以上問題が大きくならないようにするでしょう。
言って聞かせて従わない者を従わせようとしてムダに時間を浪費する間に、被害はドンドン広がっていきます。まず全ての生徒が問題解決のできない先生の権威を疑います。生徒によっては先生を軽蔑するでしょう。弱い立場に置かれた生徒は登校拒否になったり、場合によっては自殺したりすることになるかもしれません。そういう状態になるのが分かっていて、放置するのが正しい教育者の態度でしょうか。 少数の悪い生徒を傷つけることに躊躇し、多くの善良な生徒が傷つくことを許容する。それはマキァヴェッリに言わせると、生徒に対して冷酷な先生のすることです。
AがBをいじめているとします。(A,Bややこしいので私が勝手にAは管直人、Bは海江田万里としました)
海江田は管にいじめられていることを親や先生に言います。管に「いじめはやめましょう」と言って管が聞き入れれば問題は解決です。しかし、言うことを聞かなければいじめは続きます。しかも今度は「親や先生に言うともっといじめるぞ」と脅迫がついてきます。そんな管に対し、親や先生の扱いは、せいぜいこんなものです。
「話し合いをしましょう」「仲直りしましょう」
話し合って解決するものなら、とうの昔にしているでしょう。誰も「海江田をいじめたら、お前をずっといじめてやるぞ」と管に宣言したり、「管は悪い子だから転校させろ」「管を学校に来させるな」など、実行はおろか言ってもくれません。
もし親がそんなことを言おうとすれば、モンスターペアレント扱いです。周囲から孤立することになります。周囲を見わたせる親ほど、自分の子どもがいじめられているのに周囲に「お願い」しかできません。
何かのきっかけでいじめが止むまで、海江田は我慢するだけになるでしょう。親や教師の言う「道徳の無力さに子どもは打ちのめされます。場合によっては登校拒否になったり、自殺する子も出てきます。
さて、マキァヴェッリが現代の学校でのいじめを見たら、どのような対処法を取るでしょうか?
おそらく、いじめの元凶となっている生徒を即座にぶん殴り、それでも聞かないなら登校禁止や退学にするなりして、それ以上問題が大きくならないようにするでしょう。
言って聞かせて従わない者を従わせようとしてムダに時間を浪費する間に、被害はドンドン広がっていきます。まず全ての生徒が問題解決のできない先生の権威を疑います。生徒によっては先生を軽蔑するでしょう。弱い立場に置かれた生徒は登校拒否になったり、場合によっては自殺したりすることになるかもしれません。そういう状態になるのが分かっていて、放置するのが正しい教育者の態度でしょうか。 少数の悪い生徒を傷つけることに躊躇し、多くの善良な生徒が傷つくことを許容する。それはマキァヴェッリに言わせると、生徒に対して冷酷な先生のすることです。
以上があるコラムからの抜粋ですが、現代の教育現場では生徒をぶん殴るっていうことが出来るのか。。。ですが。