- 横山 秀夫
- 出口のない海
横山秀夫著、「回天」の物語、山田洋二が映画化する、という3つの点から興味をもち購入。
悪くなかった。
とうのは文字通り良くも悪くもなかったということだ。
戦争のフィクションは、やはり難しい。
横山秀夫という作家をもってしてもそう感じざるを得なかったのだから。
「希望」あるいは「夢」というものが人は好きだ。好きというより、生きている以上、何らかの「希望」や「夢」は誰でももっているはずだ。じゃないと、生きられるものではない。
でも戦争のノンフィクションなどを読めば、戦地に駆り出され、それこそ夢も希望もない中で酷く死んでいった人々が大勢いたわけだ。
でもそれが小説の形をとるとき、どうしても希望や夢を加えざるを得ないのだ。
こと戦争モノに関しては。
その要素を入れないと、話の展開が難しいし、グロテスクなだけのただホラーに陥る可能性が高い。それが真実だとしても。
小説という「娯楽」の一種には夢や希望、絶望などの感情が不可欠だ。
でも仮に絶望を戦争モノの主題にしてしまうと、本当の絶望しか描けない。それでは「娯楽」ではなくなる。
そこが難しい。
ノンフィクションならいい。
しかしフィクションを謳う以上、「娯楽」にせざるを得ない。
確かに主人公は可哀想だった。
恋人や野球や仲間や家族を置いて死ににいかざるを得なかった辛さ。それは伝わってきた。
でも僕がすぐ思ってしまうのは、恋人や野球や仲間や家族のことを思って死ねただけ良かったじゃないか、ということだ。
半分狂人のようになって(特攻とはそういうものだと思っている)死んでいった人々が大勢いるのだ。
といいつつ、もちろん僕も実際戦争をしたわけではないし、これから特攻しなくてはいけないわけじゃない。
だからこれもつまりは戯言なのだ。
戦争や特攻とは無縁な平和な場所から、「娯楽」である小説を読んで、それを勝手に批評しているだけなのだ。
どうやら僕はまた、戦争小説を読むと決まって陥る結論に向かっているようだ。
そう、それは自嘲だ。