後輩の編集者Jから恩田社長の突然の死を知らされた僕は、家電の受話器を握ったまましばらく固まっていたらしい…
肉体が我に返る直前から気の早い脳ミソはあれこれと世俗的な対応…つまりは…葬式がど~した、とか…
納骨がこ~したとかいう俗世間の儀式…ヒトが死んだときにしなければならないセレモニーについてあれこれ考え始めていたらしい。

…確か六十ちょいだったよな?
今より遥かに体調の良かった僕は恩田さんの葬式となればある程度は手伝わなきゃならないだろうな…と漠然と思っていた。

…で、ですね…急な話しで悪いんですがこれからS場さんと打ち合わせなんで、沙羅パパさんも付き合ってもらえませんかね?

S場さんというのは恩田社長の会社の専務で…言わば番頭さんに当たるヒトである。

なんせこの人は会社の金の出入り…つまりは経理関係の一切を仕切っている人物だ。
このあと会社をどうするか?
というコトは勿論、葬式だなんだと、プライベートな問題の後始末もS場さんが仕切らないと埓が開かないのは目に見えていた。

それにある面、仕事…特にギャラの『額』と『支払』に関しては僕自身、恩田さんよりS場さんに世話になったと言っても過言では無いのだ。

…は? 完全に頭がボケていて忘れてたが…この話…つまりは『闇に光る眼』の①からここ迄で僕は恩田さんの会社がなんの仕事をしてる会社なのか?

つ~話を一言も記していなかった…様な気がする…

すいません、改めて書いときます。
恩田社長の会社は出版社…それも当時、雨後のマタンゴの様に表れては消えて行った『自販機本』専門の会社だったのであります。


あのヒト、確か今は独身だけど…
茨城だか埼玉だかに別れた奥さんと子供がいたはずだよな…?
やっぱし一応連絡しなきゃ不味いよな…

なんてコトを考えたとき…

…で、ですね…葬式だのお通夜だの段取りについてS場さんと、恩田さんの奥さんが沙羅パパさんにご相談があるそうでして…
あのご都合…というかお身体の具合は大丈夫ですか…?

奥さん??

僕はもう一度受話器を持って固まった…

ソレって別れた…つまりは前の奥さんの話だよな?

あ、そっか?! 沙羅パパさん知らないんだった…

思わず問い返した僕の言葉にJは一瞬絶句して…しばらく口の中でモゴモゴ言った。

ど~やら状態を僕に説明する段取りを考えているらしい。

…あのですね。僕も半月ほど前に始めて聞いたんですが…
恩田さん再婚していたんですよ…。
で、その新しい奥さんが今後のことについて沙羅パパさんにお話がある…つ~話なんですよね…

六十だろうと七十だろうと独身の男がダレと結婚しようが…僕はかまわない…
勿論、恩田さんとて同様である…
どんなに若くて綺麗な奥方を迎えようと部外者の僕にとやかく言う権利は無い…

だけど新しい奥さんが僕に相談がある…つ~のはどういう意味なんだろう?

僕はキツネに摘まれたみたいな気分でJと待ち合わせの段取りを決めた。


『光る眼』と題して目黒に在ったパチドール(アンティーク人形のレプリカ)屋さんの話をmixiに書いて二、三日あとのコトだ…

後輩の編集者兼雑文ライターのJから夜中に電話が在った…

前回の話に登場したあのJである。

人間、ある程度歳を喰うと深夜の電話ってヤツは…酔った知り合いがかけてくるメチャクチャ阿呆らしい話題か…

あんまし嬉しくない報せと相場が決まって来る…

特にこのJなる男は、ヒトのコトを無料のなんでも相談所とでも思っているらしく…

素面でも矢鱈とアホな電話をしてくるヤツなのである…
やれ日本で最初の『ノーパン喫茶』は通説では京都と言うコトになってるけど…
実際は北九州のどっかでしたよね?
ところで、その何処かっての…沙羅パパさん知りませんか?

とか…
『お湯殿の記』(御所の女官達の日記)の異本つ~のがあるらしいんですが、何処で読めますかね?
とか…
ぶっちゃけ…お前は一体ナンの仕事を受けてるんだ?

と、こっちが聞きたくなるような質問をして来る男なのだ。

…なんちゅ~書き出しで話を初めてみたがいかにも言葉の座りが悪い。
もっさりしてると言うか…乗りが悪いと言うか…どうにも話が転がり出さないのであります。

ある程度長い文章を書いたコトのある人なら誰でもわかると思うけど…一旦ダメだとなったら日記でもエッセイでも小説でも上手く続けられっこ無い。

原点に…ゼロに戻して最初から書き直した方がよっぽど早いし安上がり(?)なコトが多々ある。

そもそもこの話は『実話』だし僕の中では完全に『けり』がついていたエピソードなのだ。
それを最初から語り起こすとなると…登場人物…つまりは『恩田社長&一族郎党』とゆ~か…社長の人物像…キャラクターと彼の会社のコトから説明しなければならないだろう…。

そしてそれは今の僕にはかなり気の滅入る作業になるはずだからである…

あの晩、何時もは無意味に明るいJの声は妙に暗かった…

あの…沙羅パパさん…恩田さんが…
亡くなりました。
脳梗塞だそうです。

何故だか異様にクリアな電話の向こうで…Jはそう告げるとしばらく間を置いた。
僕は受話器を持ったまま暫く固まっていた…。