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ナンとかなるかな?
Fさんのシナリオを一読した僕は内心、一番ネックになるのは舞台となる豪農の新築屋敷だと目星を着けていました。
根拠は…在りません。
言ってみれば美術屋の…裏方の勘みたいなモンです。
この屋敷さえ予算内でナンとかすれば後は各セクション…ぶっちゃけ一番は資金を出す恩田さんの会社が多少泣きを見ればナンとかなるような気がしたんです。
このお屋敷…ロケだよね?
僕は誰に尋ねるとも無く、念を押す様に言いました。
あ、その家か…一応使えそうな屋敷には当たりがつけてある。
そ~だよねMちゃん?
Fさんは僕の言葉に答えると一座の一番端に座っていたジーンズ姿の青年に向かって言いました。
この作品に於いて最大の被害者兼功労者となるM君です。
立場はベテラン監督のKさん着きの助監督…当時、専門学校を出たばかりでした。
Kさんと言う監督さんはぶっちゃけ…名匠だの巨匠だのと言われるタイプではありませんでしたが…手堅い仕事をする職人タイプの監督さんで…ピンクだけでなくTVドラマやCMなんかも撮っていました。
恩田さんとしてはこの作品に当たり障りの無いKさんを据えたのは、絶対に失敗したくないと言う彼なりの決意表明だったのでししょう。
奇才の俊英のと惹句だけは立派な若手を連れて来ても撮影が長引けば泣きを見るのは製作者です。
出来る限りは安全牌をという考え方に文句はつけられません。
古くなった屋敷の方は問題無いんですけどね…この家…どう思います?
M君はど~やらロケハンで撮ったらしい写真を何枚か見せてくれました。
千葉辺りの農家でしょうか? 旧くて立派な家が写っています。
確かにコレなら建って時間が経ち歳をへた屋敷には使えますがいくらなんでも新築には無理があります。
ナンとかなる?
恩田さんがすがる様な目で謂いました。
コイツを新築に見せるには全面塗り替えしかないよ。
かなり予算がかかっちゃうけど大丈夫…?
ん~いまんとこ美術に避けるのは十万くらいかな…
でも家の方は煮ようと焼こうと問題無いよ。家主の了解はとって在るからさ…
この家、来年にも取り壊すんだよ。
で、シナリオ上の順番…所謂撮り順やら役者さんのスケジュールを勘案すると中一日ででっかい屋敷を『古い』→『新しい』…と化粧直ししなくちゃならないコトがわかりました。
すっかり煤けてしまった壁と柱は全面塗り替えです。
塗り替えるって言っても軽く八十坪はありますよ?
M君が目を向きました。彼は学生時代TV局の美術進行のバイトをやったコトがあって美術予算てぇのが如何に銭喰い虫なのかはある程度分かっていたんです。
ま、照明さんとカメラさんには多少協力してもらわないとならないだろうけどね…
壁は塗り替えて飛ばします。
で、柱は…?
壁は白っぽくハレ気味に撮ってもらうにしろ柱はそうはいかないでしょう?
流石に美術進行のアルバイトをしていたつ~のは伊達じゃありません。
M君は美術予算の銭喰い虫なところをちゃんと理解していました。
柱周りはトノコで塗る。
で、目立つトコは…名木風に書き割る…
で、出来るんですかそんなコト?
いや美術さんが言うなら出来るんでしょう…後、畳はどうします?
壁と柱が新品で畳だけボロボロじゃ可笑しいですよ?
畳…コレはかなり厄介です。
……厄介ですが僕はそんなトコは露ほど見せずに言い切りました。
大丈夫…畳は映るところだけ面替えをする…もっとも使うのはビニールの畳面だけどさ…
家の中はナンとかなるにしろ屋根はど~しますか?
山積みになってた問題が端から解決したからでしょうかFさんが多少砕けた調子で言いました。
本来は『藁葺き屋根』だった件のお屋敷の屋根はトタンの上吹きがされ盛大にペンペン草が生えています。
いくらなんでも茅の吹き替えってワケにゃいかんだろ…Fさんがちょっと引き気味に撮った農家の写真を手にして言いました。
…屋根は…グラスワークでいきます。
僕は他人ごとのように言いました。
グラスワーク…つまりは絵合成ってヤツです。
僕としてはこっちに関しては多少心当たりがありました。
むかし、同人誌でイラストを描いていたM元君です。
彼はスーパーリアリズム風の絵を描かせるとプロ並みに上手いんですよ…。
いやいや…プロでも彼より画力が劣る人間は幾らもいるでしょう…。
ただ問題が一つ有って…M元はメチャクチャ仕事が遅いんです。
同人誌をやってるとき、どれだけ泣かされたことか…
ま、あいつのケツは俺が叩くしかないか…
僕は覚悟をきめました。
かくして僕としてはかなりの不安を孕んで…そしてそれを誰にも言えぬまま、A子嬢の復帰第一作は動きだしたのです。
で…その映画って完成したんですか?
ハンドルを握っていたがJが尋ねた…。
公開したら凄いヒット…というわけじゃなかったしM元の仕事は相変わらず遅れに遅れたけど…映画そのモノは無事予定通り完成した。
恩田さんも損はしなかった筈である。
ま、俺は死にかけたけどね…
やっぱりしんどかったんですか?
当たり前だ…煤けてボロクソの百姓屋の壁を一日で全面塗り替えして、おまけに柱に白木の書き割りをやってみろ。
僕は憮然として言いました。
そしてそれを合図にしたかの様に行く手に有楽町マリオンが見えて来ました。
ここニ、三日でかなり忙しい…というか酷い目に遭ったのでしょう。
久方ぶりに会うS場さんは思ってたよりかなり老けて見え…おまけにちょっぴり小さくなった様な気がしました。
わざわざ悪かったね沙羅パパ君…例の映画の打ち上げ…いやいやそのあともビデオの編集で会ったっけ?
S場さんは懐かしそうにいいました。
社長急だったですね。
僕の言葉に頷くとS場さんは大きく溜め息をつうた。
この稿終わり…