K森定夫は叩けば必ず埃が出る。
恩田社長の読みはある意味正鵠をついていた。一週間と経たないうちに彼は所轄に逮捕されたのだ。
残る問題は彼女の…S川早苗の借財である。こつちの方も恩田さんはナンとかケリをつけたらしい。
ま、言ってみればK森が持ちかけた借金をまとめるという作業を恩田さんが代わってやったようなモノである。
いやはやうちの社長も喰えないよ。
S場さんはそう言うと冷めたコーヒーを飲み干し、ウエトレスに手を上げた。
借金をまとめる作業のあいだに彼女と社長にナニがあったか…?
なんて話にゃ俺は一切興味が無い…。
男と女のゴタゴタ話なんてのは首を突っ込んだってろくな事はねぇからな…特にうちの社長ときた日にゃ…
前の奥さんと別れるに充たってかなり非道い目に逢わされらしくS場さんはウンザリしてる…といった調子で結んだ。
で? 死して尚そのドタバタが続いてると? 恩田さんも懲りないな~
僕らの話をおとなしく聞いていたJが言った。
財産問題ですか?
社長、意外と遺していたとか?
ま、財産の…遺産の問題と言えば遺産の問題なんだけどさ…
S場さんはちょっと頭の中で話を整理するかのように煙草を吹かすと先を続けた。
恩田社長の遺産と言うか財産はトータルで一億二千五百万弱だったらしい。
それも殆どが住居として使っていた茅場町のマンションで、目黒の会社社屋は銀行の抵当に入っていたと言う。
いやさ…恩田のコトだから銀行屋に借りてる分はなんだかんだ言って支払を遅らせ…出来ればバックレるつもりだったに違い無いよ。
S場さんは再度やれやれと言った感じでため息をついた。恩田さんと言うヒトは僕とおんなじで世の中で一番馬鹿げたことは税金を払うことと金貸しから借りた金を返すコトだと思ってるタイプだからこれは分かる。
いやさ~早苗さんが…つまり今の奥さん…いや未亡人か…
ともかく奥さんが恩田の遺産はいらないって言うんだよ。
…ハア?
S場さんの言葉に僕とJは同時に物凄く間抜けな声を発した。
S場さんが頼んだ追加のコーヒーを運んで来たウェイトレスの女の子がクスリと笑う。
整理すると…奥さんの話はつまりはこういうコトだった。
恩田さんが自分と結婚したのはあくまでK森から守るためであって惚れたはれたの関係では無かった。
勿論好きか嫌いかで言えば大好きだっが…自分は妻と言う立場が欲しかったワケでは無い…
今現在生活に困っているワケでは無いからお金は前の奥さんと子供さんにあげて欲しい…
S川早苗の話を要約すればこういうコトだったのだ。
で? 今の彼女は?
ああ彼女なら順調だよメジャーどこのカルチャーセンターで講座を週三駒も持ってるし…
S場さんはちょっと言葉を切ってコーヒーを啜った。
やっぱり血なのかね…オリジナルの人形も作り始めてて、こっちもなかなか評判が良いらしい。
で? 恩田さんの別れた奥さんの方はなんと?
こっちもそんな金はいらないとさ…全くみなさん欲の無い話だよ。
…で、結局は僕が未亡人…つまりはS川早苗の説得を任さることになってしまったのだ。
恩田はね…沙羅パパさんにはホントに感謝していましたのよ。
それから二時間ばかり後…僕は久方ぶりに彼女S川早苗と再会した(と、言っても会うのは二度目だったが)。
場所は懐かしの銀座レカンの喫茶室である(今でも有るのかな?)。
自分が講師をしているカルチャースクールから近い…という理由でS川早苗の方から指定してきたのだ。
黒のワンピース姿の彼女は一回り太って、見違えるほど綺麗になっていた。
僕の第一印象は環境は人間を変える…女は男次第と言う甚だもって月並みなモノだった。
今回のコト…なんで沙羅パパさんに相談したと思います?
女性のファッションにはまるきし疎い僕の目から見ても明らかにブランド物のワンピースを身につけた早苗が言った。
胸元を飾るベルベットのコサージュがなければ完全に喪服である。(余談だがこのコサージュは同じカルチャーセンターで教えているヒトの作品だそうで…まともに買ったらかなりお高い品らしい)。
恩田は最初に作った成人映画の現場での沙羅パパさんの働きに本当に感謝してましたのよ。
沙羅パパさんが最初に無理なスケジュールとギャラを飲んでくれなかったらあの映画はパンクしてたって…彼いつもその話をしてたんですよ。
?? コレには僕の方がちょっとばかし驚いた。
まさかあの恩田さんがそんな風に思っていてくれたとは…正直、考えもしてなかったからだ。
なんせ口の悪いヒトで僕なんぞは仕事のたんびにボロカスに言われていたのだ。
まさか恩田さんの中での自分の評価がそんなに高いとは思ってもみなかったのである。
…あ、アレですか? アレは僕のいつもの手ですよ。
今更彼女に格好をつけても始まらない。僕はあの現場での対応と自分の気持ちを正直に話した。
スケジュールとギャラでもめそうで…降りるコトも出来そうに無い…
そんな現場の場合は…まず自分が泥をかぶって見せる…
これが僕の何時ものやり方です。
つまり周りの人間が納得するだけ…ギャラの面ではダンピングをしてみせる。その方が最終的には金の面でもマイナスが少なくて済む…簡単に言って僕としてはそんな風に考えていたのだ。どうせ最初から総予算がざっくり削られるので在れば最終的にはその方が得な場合が多いのだ。
無論…理屈が在るわけでは…論理的根拠か在るわけではまるで無い。
この理屈は言ってみればあれやこれやの現場仕事で二十年(飽く迄当時の話)近く飯を食ってきた人間の生活の知恵だ。
でも…例えそう思っていても…それが出来るヒトって…実際に自分がお金の面で損をするのが解っていて言いだせる人ってなかなかいないんじゃないですか?
彼女はちょっと悪戯っ子みたいな目をして言った…
確かに普段言ってるコトと、いざギャラが絡んだ話になると態度がコロッと違う人っていますからね。僕だっていつもはもらう分は一円でも多く…払うのは一円でも少なくがモットウですから。
何処が可笑しかったのか早苗さんは僕の言葉にコロコロと笑った。
思い出しましたわ…恩田が生前…俺が死んだら絶対に未払いのギャラあるって言いだす奴がいるって言ってましたのよ。
いたんですか? そんな火事場泥棒みたいなのが?
僕は彼女の言葉にちょっと呆れて尋ねた。
カメラマンとイラスト関係に三人ばかり…
早苗はちょっと前の出来事を遥か昔の事柄でも思い出すかの様に目を伏せた。
そう…あれは恩田が亡くなる半年ばかり前…彼、自分が死んだらどうするつもりだ? ってあたしに聞いたんです。
彼女はそう口にすると目を伏せた。
で、早苗さんはなんて?
その時は冗談だと思ったから…あなたの遺産でヨーロッパにでも行ってもう一度人形作りを一から勉強するって答えましたわ。
だったらそうすれば良いじゃありませんか…恩田さんだってそれを望んでたはずだ。
僕は内心してやったりと彼女の言葉尻を捕えていった。
お前がそれほど殊勝ならいいんだけどな…あたしはその時になって恩田が真面目に話をしていることに気づいたの…
ほら、彼って冗談言ってたかと思うと急に真面目な話をすることがあるじゃない?
そう…言われてみると僕にも思い当たるところがあった。確かに恩田さんは酒の席の冗談だと思っていると急に真面目な話をすることがあった…おそらく彼女も何度か同じ目に遭っているんだろう…
あの…聞き取れるか聞き取れないかの小さな声でボソボソっと呟くように話す声…あの声を聞くことももう二度無いんだ…僕はふとそんな柄にも無い思いに囚われていた。
沙羅パパさん…
早苗さんに突然名前を呼ばれ僕ははっとして我にかえった。
この稿終わり。
次回完結…ホントに終わります。信じてください。
恩田社長の読みはある意味正鵠をついていた。一週間と経たないうちに彼は所轄に逮捕されたのだ。
残る問題は彼女の…S川早苗の借財である。こつちの方も恩田さんはナンとかケリをつけたらしい。
ま、言ってみればK森が持ちかけた借金をまとめるという作業を恩田さんが代わってやったようなモノである。
いやはやうちの社長も喰えないよ。
S場さんはそう言うと冷めたコーヒーを飲み干し、ウエトレスに手を上げた。
借金をまとめる作業のあいだに彼女と社長にナニがあったか…?
なんて話にゃ俺は一切興味が無い…。
男と女のゴタゴタ話なんてのは首を突っ込んだってろくな事はねぇからな…特にうちの社長ときた日にゃ…
前の奥さんと別れるに充たってかなり非道い目に逢わされらしくS場さんはウンザリしてる…といった調子で結んだ。
で? 死して尚そのドタバタが続いてると? 恩田さんも懲りないな~
僕らの話をおとなしく聞いていたJが言った。
財産問題ですか?
社長、意外と遺していたとか?
ま、財産の…遺産の問題と言えば遺産の問題なんだけどさ…
S場さんはちょっと頭の中で話を整理するかのように煙草を吹かすと先を続けた。
恩田社長の遺産と言うか財産はトータルで一億二千五百万弱だったらしい。
それも殆どが住居として使っていた茅場町のマンションで、目黒の会社社屋は銀行の抵当に入っていたと言う。
いやさ…恩田のコトだから銀行屋に借りてる分はなんだかんだ言って支払を遅らせ…出来ればバックレるつもりだったに違い無いよ。
S場さんは再度やれやれと言った感じでため息をついた。恩田さんと言うヒトは僕とおんなじで世の中で一番馬鹿げたことは税金を払うことと金貸しから借りた金を返すコトだと思ってるタイプだからこれは分かる。
いやさ~早苗さんが…つまり今の奥さん…いや未亡人か…
ともかく奥さんが恩田の遺産はいらないって言うんだよ。
…ハア?
S場さんの言葉に僕とJは同時に物凄く間抜けな声を発した。
S場さんが頼んだ追加のコーヒーを運んで来たウェイトレスの女の子がクスリと笑う。
整理すると…奥さんの話はつまりはこういうコトだった。
恩田さんが自分と結婚したのはあくまでK森から守るためであって惚れたはれたの関係では無かった。
勿論好きか嫌いかで言えば大好きだっが…自分は妻と言う立場が欲しかったワケでは無い…
今現在生活に困っているワケでは無いからお金は前の奥さんと子供さんにあげて欲しい…
S川早苗の話を要約すればこういうコトだったのだ。
で? 今の彼女は?
ああ彼女なら順調だよメジャーどこのカルチャーセンターで講座を週三駒も持ってるし…
S場さんはちょっと言葉を切ってコーヒーを啜った。
やっぱり血なのかね…オリジナルの人形も作り始めてて、こっちもなかなか評判が良いらしい。
で? 恩田さんの別れた奥さんの方はなんと?
こっちもそんな金はいらないとさ…全くみなさん欲の無い話だよ。
…で、結局は僕が未亡人…つまりはS川早苗の説得を任さることになってしまったのだ。
恩田はね…沙羅パパさんにはホントに感謝していましたのよ。
それから二時間ばかり後…僕は久方ぶりに彼女S川早苗と再会した(と、言っても会うのは二度目だったが)。
場所は懐かしの銀座レカンの喫茶室である(今でも有るのかな?)。
自分が講師をしているカルチャースクールから近い…という理由でS川早苗の方から指定してきたのだ。
黒のワンピース姿の彼女は一回り太って、見違えるほど綺麗になっていた。
僕の第一印象は環境は人間を変える…女は男次第と言う甚だもって月並みなモノだった。
今回のコト…なんで沙羅パパさんに相談したと思います?
女性のファッションにはまるきし疎い僕の目から見ても明らかにブランド物のワンピースを身につけた早苗が言った。
胸元を飾るベルベットのコサージュがなければ完全に喪服である。(余談だがこのコサージュは同じカルチャーセンターで教えているヒトの作品だそうで…まともに買ったらかなりお高い品らしい)。
恩田は最初に作った成人映画の現場での沙羅パパさんの働きに本当に感謝してましたのよ。
沙羅パパさんが最初に無理なスケジュールとギャラを飲んでくれなかったらあの映画はパンクしてたって…彼いつもその話をしてたんですよ。
?? コレには僕の方がちょっとばかし驚いた。
まさかあの恩田さんがそんな風に思っていてくれたとは…正直、考えもしてなかったからだ。
なんせ口の悪いヒトで僕なんぞは仕事のたんびにボロカスに言われていたのだ。
まさか恩田さんの中での自分の評価がそんなに高いとは思ってもみなかったのである。
…あ、アレですか? アレは僕のいつもの手ですよ。
今更彼女に格好をつけても始まらない。僕はあの現場での対応と自分の気持ちを正直に話した。
スケジュールとギャラでもめそうで…降りるコトも出来そうに無い…
そんな現場の場合は…まず自分が泥をかぶって見せる…
これが僕の何時ものやり方です。
つまり周りの人間が納得するだけ…ギャラの面ではダンピングをしてみせる。その方が最終的には金の面でもマイナスが少なくて済む…簡単に言って僕としてはそんな風に考えていたのだ。どうせ最初から総予算がざっくり削られるので在れば最終的にはその方が得な場合が多いのだ。
無論…理屈が在るわけでは…論理的根拠か在るわけではまるで無い。
この理屈は言ってみればあれやこれやの現場仕事で二十年(飽く迄当時の話)近く飯を食ってきた人間の生活の知恵だ。
でも…例えそう思っていても…それが出来るヒトって…実際に自分がお金の面で損をするのが解っていて言いだせる人ってなかなかいないんじゃないですか?
彼女はちょっと悪戯っ子みたいな目をして言った…
確かに普段言ってるコトと、いざギャラが絡んだ話になると態度がコロッと違う人っていますからね。僕だっていつもはもらう分は一円でも多く…払うのは一円でも少なくがモットウですから。
何処が可笑しかったのか早苗さんは僕の言葉にコロコロと笑った。
思い出しましたわ…恩田が生前…俺が死んだら絶対に未払いのギャラあるって言いだす奴がいるって言ってましたのよ。
いたんですか? そんな火事場泥棒みたいなのが?
僕は彼女の言葉にちょっと呆れて尋ねた。
カメラマンとイラスト関係に三人ばかり…
早苗はちょっと前の出来事を遥か昔の事柄でも思い出すかの様に目を伏せた。
そう…あれは恩田が亡くなる半年ばかり前…彼、自分が死んだらどうするつもりだ? ってあたしに聞いたんです。
彼女はそう口にすると目を伏せた。
で、早苗さんはなんて?
その時は冗談だと思ったから…あなたの遺産でヨーロッパにでも行ってもう一度人形作りを一から勉強するって答えましたわ。
だったらそうすれば良いじゃありませんか…恩田さんだってそれを望んでたはずだ。
僕は内心してやったりと彼女の言葉尻を捕えていった。
お前がそれほど殊勝ならいいんだけどな…あたしはその時になって恩田が真面目に話をしていることに気づいたの…
ほら、彼って冗談言ってたかと思うと急に真面目な話をすることがあるじゃない?
そう…言われてみると僕にも思い当たるところがあった。確かに恩田さんは酒の席の冗談だと思っていると急に真面目な話をすることがあった…おそらく彼女も何度か同じ目に遭っているんだろう…
あの…聞き取れるか聞き取れないかの小さな声でボソボソっと呟くように話す声…あの声を聞くことももう二度無いんだ…僕はふとそんな柄にも無い思いに囚われていた。
沙羅パパさん…
早苗さんに突然名前を呼ばれ僕ははっとして我にかえった。
この稿終わり。
次回完結…ホントに終わります。信じてください。