自分にとっての幸せとは何かを考えてた
好きなことをすること?
楽しいことをすること?
友達と遊ぶこと?
彼女を作ること?
仕事を頑張ること?
美味しいものを食べること?
見たことがない景色を見ること?
...どれも違った。
僕が望む幸せは、他人の幸せ
僕が何かをすることで誰かが幸せになってくれることが幸せであると認識していたことに今気づいた。
母が子供が欲しいから祖父母の反対を押し切り
母は自分の幸せを満たすために僕を作った。
父は、自分の望みを吐かずに結婚したから別れた。
彼は自分にとっての幸せが何かということに本能的には気がついていても理性として気がついていないのだろう。きっと現実との乖離に苦しんだと思う
小さい頃から他人の顔色を気にしていた。
誰かが怒らないように、誰かが喜んでくれるように
そうやって自分に鞭打って、嘘をつき辛くても辛くないと作り笑でうやむやにしてぐちゃぐちゃにして
自分にとっての幸せが他人の幸せな僕はどうやって幸せを手に入れればいいのだろう。他人に依存したり、関わりを持つことは本能が嫌がっている。だからきっと理性として気がついていないだけで本能的幸せは何かあるのだろう。
詰まるところ、寂しいのだろうか?
1人でいることが、誰かに弱音を吐けないことが
甘えられないことが怒れないことが
すごくすごく不安で眠れない。
ずっとずっと不安で不安で
誰かに見離されるのが怖い
できない自分が嫌い
1人でなんでもできる人に迷惑をかけてはいけないとそう言われたからそうしている
でも無理だ。限界だ。自分でわかっているのに...
誰も頼ることができない
頼ったことがないから頼り方がわからない。
生きることはあまりにも苦しい。
息がしづらいと感じる今日でした。