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林太郎のブログ

歴史小説を書き、お酒大好き。「憲法9条を守る穂高の会」事務局。ツイッターは「野村裕」で発信、政治に関すること多し。

 最近、韓国の歴史ドラマにはまっています。最初は「チャングムの誓い」、次が「イ・サン」、いまは「トンイ」の再放送・・・・。共通しているのは、題名になっている主人公をしっかりドラマの軸にすえていることだと思います。

 「八重の桜」も録画し、食事の時など時間のあるとき観るのですが、八重さんが主人公なのか「明治維新」といわれる背景が主人公なのか・・・・と思うことがあります。


 「維新」という言葉は和訓では「これあらた」と読むそうですが、「明治維新」で何が新しくなったのかという議論があります。また「昭和維新」という言葉は2・26事件(ニーニーロク事件)のスローガンとされ、太平洋戦争は「世界維新戦争」と呼ばれたりしたそうです。

 そんなわけで私は、「維新」という言葉によい印象をもっていません。ドラマの方は、早く八重さんを軸にすえて欲しい気がします。

 政治学者・姜尚中さんの小説「心」(集英社)が評判をよんでいるらしい。息子さんの死を見つめた作品だというが、山脇東洋もまた妻を亡くし、子を失った。妻は医家の娘で名は延子。


――お延……、ひとの命はどこにあるのだ(中略)

――天地のすべてが眼にみえ、耳に聞こえ、肌で感ずることができるのだ。そうであるなら、命もまた眼でみ、耳できくことができるにちがいない

 亡くなった妻への思いが山脇東洋を解剖に駆り立てる――というのが小説の設定です。


小説といえども、その世界のなかで必然性がなければ真実を浮き彫りにできない、そう思って、あまり得意ではない夫婦愛のシーンを書きました。


「ゆったりした夫の話と、こまやかな愛撫が延子をうっとりさせ、東洋もまた延子の反応にさそわれて、ふたりの心はほの暗い明りのなかに漂いはじめた。(中略)愛という言葉が不思議なほど豊かで、上品で、なにか特別な力をもっているように思われた」


 上手なラブシーンではないけれど、「慰安婦は必要だった」などという橋下某の下品な発言を聞くと、いくら私が政治に興味があるといっても、あんな輩をモデルにした小説などは書きたくないと思う。

 姜さんの「心」を読んでみたい――。テレビ報道を見ながら妻と語りあったところです。

 5月晴れのもと、自転車で事務所へ。

 到着すると「0602反原発国会大包囲」のチラシと首都圏反原発連合の4つ折りパンフが届いていました。

 線路ぎわに、放射能を遮るようにフードをかぶった可愛いお地蔵さんがありました。

 ちなみにお地蔵さんは悪世から人々を救う菩薩さまです。まわりに田んぼが広がっていますので、もともとは田植え地蔵かもしれません。

林太郎のブログ-お地蔵さん

小説はもちろん「解剖」が主題ではありません。焦がれるように真理を追究した山脇東洋という漢方医が、江戸という時代をどのように生きたのか。私自身が知りたかったのです。

 小説のなかに、心臓についての東洋自身の記録があります。

「東洋はふうーっとため息をつくと『上部は気道に係り、下は隔膜に向かう。左右の両管は両肺に属す』と記録した。気管を通った空気はそのまま心臓にはいるという、五臓六腑説の定説のとおりに観えたのであった。事実に接しても、先入観を打破することはむずかしいことであった。」

 固定観念や偏見、思い込み、決めつけによる自由思考の妨害は、たとえて言えばマインドコントロールのようなもので、それを正すのに数百年を要することがあります。

 社会的な呪縛によってどれほどの人が苦しんでいることか。首相と「会食」して恥じない日本のマスコミが、「アベノミクス」などという軽薄な造語で国民の意識をコントロールしようとしていますが、これはすでに破たんし始めているように思います。

 マスコミが「第三極」と持ち上げた勢力は無様な姿をさらしています。どうやらいまの日本は、マスコミを「解剖」してみることが必要なのかもしれません

 苦労したのは冒頭の腑分けの場面です。解剖の現場を取材できればよいのですが方法がわからず、最初から医学書と首っ引き。一行書いては調べ、一文字書いては確かめる。文字通り悪戦苦闘の毎日でした。

 この小説に、

「――屈嘉よ、おまえは死して光明をあらわす仏陀だ

 東洋は屈嘉の遺体に手をあわせた。合掌した手が熱かった。その手の熱さは、はじめて事をなそうとする興奮からくるものであったが、東洋には、神仏のぬくもりのように感じられた。」

 という場面があります。この3行を書くため京都まで行き、屈嘉の墓をお参りしました。もちろん前の取材で見落としたことも確かめたのですが、このとき初めて、「心ここに在らざれば見れども見えず、聴けども聞こえず、食らえどもその味を知らず」ということわざの意味が実感として理解できました。のちに吉村昭氏の「史実を歩く」(文春新書)を読み、感動したのは、このときの経験のおかげです。

 「江戸解剖始記」は、解剖学者の養老孟司先生にご推薦いただき、作家の童門冬二氏から「作者自身に山脇東洋が乗り移ったように迫力がある」とのことばをいただきました。

 人生、たいへんな事も少なくありませんが、好きな事をしていると嬉しい事もまた多いものです。

 日本で最初に人体解剖(腑分け)をした医師は、山脇東洋という漢方医で、「解体新書」で有名な杉田玄白より17年も前の1754年(宝暦4年)のことです。

 「眼のまえに首のない屍体があった」というのが「江戸解剖始記」(東銀座出版)の書き出しですが、この小説の取材に行ったとき、同行した妻が京都の夏のあまりの暑さに、

「ねえ、タクシーで行こう」

 と言い出しました。

「江戸時代にタクシーはないよ。駕籠があれば乗ってもいいけど」

 冗談を言いながら、結局、江戸時代にはないアイスクリームをなめながら罪人が引き回された道をたどり、湧水を一杯与えられたという壺井の井戸まで行きました。

 いま思い出すと、我ながらよく歩いたと感心します。ほんとに暑い夏でした。









歴史小説を書いていると、旅行社から案内をたのまれたり、新進気鋭の女流講談師さんから「作品を読ませてほしい」と手紙をいただいたり、楽しい事がいろいろあります (^-^)/



日々まきおこる政治や社会のことも、

思わぬ角度で見えたりします ヽ(゚◇゚ )ノ



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初心者なので読みにくいかもしれません 😢

よろしくお願いいたします。